第11章-季節は移り…〈4〉 失われたリアルを探して

後姿 父と母が愛し合った時代へ。感謝をこめて☆ 

アポロが月面に着陸した年の秋、
学生たちは「佐藤訪米阻止」を叫んで
蒲田に集結し、史上最多の逮捕者を出して、
闘いは終結した。敏は、学園を卒業して、
女性雑誌の編集部に就職した。しかし――。


 愛を駆ける急行   第11章 季節は移り… 
〈4〉 失われたリアルを探して

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この話は、「急行霧島」として執筆した作品のリメイク版、連載53回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 父・秋吉敏が、母・昌子と出会ったのは、九州への帰省の列車、急行「霧島」の車内だった。京都のミッション系の女子大に通う女子大生で、鹿児島まで帰省すると言う昌子と、横浜の大学に通い、博多まで帰省する敏。ふたりには、2つの共通点があった。ともに、大学でコーラス・サークルに所属していたこと。もうひとつは、クリスチャンである、ということだった。意気投合したふたりは、春休みにまた、「霧島」で会おうと約束を交わす。父によれば、その頃の若者は、「政治的」か「非政治的(ノンポリ)」かのどちらかだったと言う。父と母は、その中間にいて「良心的な声」を挙げようとするグループに属していた。昌子は、通っているリベラル派の教会の牧師とともに、大阪のドヤ街で奉仕活動を続けていたが、交流するK大の合唱部には、そんな活動は自己満足にすぎない――と、政治思想を吹き込む男がいた。その年の夏休み、敏のY大グリークラブは、演奏旅行の最終日、京都で、昌子が所属するK女子大フローラル・コールとジョイントすることになった。京都で現地解散となる敏に、昌子は「京都で一泊しようよ」と提案した。昌子が「きょうの民宿のおじさん」と敏に紹介したのは、K大の学生寮に住む高城という男だった。人民を解放するためには武装闘争も必要だと言う高城は、火炎瓶もその手段のひとつになると主張。敏は、手段を誤った闘争からは、真の解放は得られないと反論した。翌日、「思索の道」を散策しながら、昌子は敏に訊いた。「愛に思想は必要だと思うか?」。敏の答えは、「愛にこそ思想が必要」だった。その年の10月8日、その出来事は起こった。ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の壁に突進していく映像がニュースで流れると、翌日から、キャンパスの空気が一変した。その秋に開かれた「大学キリスト者全国協議会」に関東代表として出席した敏は、そこに、思いもしない姿を発見した。関西代表として参加した昌子と、彼女が通う教会からオブザーバーとして参加した落合牧師。会議は、「共産主義の悪魔と闘うアメリカの若者のために祈ろう」という「保守派」と、「殺されていくベトナムの人々のためにも祈るべき」と主張する「リベラル派」の対決で紛糾した。最終日の夜は、焚火を囲んでの祈祷会になった。「無力な私たちに勇気と知恵を」。昌子の祈りを「美しい」と感じている敏に、落合牧師がささやいた。「彼女を守ってあげてくださいね」。その年のクリスマス、敏たち関東組は、「ベトナムに平和を」をテーマに、集会とデモを計画し、昌子たち関西組は、大阪で「24時間キャンドル・サービス for ベトナム」を企画した。行動は別々だったが、ふたりは「小さな約束」を実行した。「ベトナムに平和を」と祈りながら、その中でちょっぴり、おたがいの心の平和も祈る、という約束だった。その年の年末、昌子たちの教会で行われるチャリティのカウントダウンに参加するために、敏は教会を訪ねた。教会の屋根の十字架を磨くというワークを果たして、その夜、敏が教会の屋根裏部屋で寝ていると、昌子が布団の中に忍んできた。「愛してる」と告白し、無知な体を重ね合ったふたり。結ばれた瞬間、ふたりは耳の奥で、教会のオルガンが奏でる讃美歌を聴いたような気がした。年が明けると、東大紛争が勃発した。時代は、激しく変化していた。そんな時代が、「おまえはどうする?」と問いかけてくる。春休み前に、父も母もコーラスを辞めた。忍び寄る政治の季節が、ふたりに歌を捨てさせた。その春、東大の紛争は全学ストに拡大し、日大では「全共闘」が結成されて、全学がバリケード封鎖された。そんなとき、昌子から一通の手紙が届いた。東京で「フォーク・コンサート」を開くことになった。できれば、2、3日、「あなたの部屋に泊めてほしい」と言うのだった。「平和を叫ぶ」と銘打ったコンサートは、関西で産声を挙げた「プロテスト・ソング」の旗手、神村信平の東京デビューでもあった。成功裏のうちにコンサートを終えた昌子は、敏の下宿にやって来た。目の前の運河の臭いが立ち込める敏の四畳半。ふたりは、そんな部屋で汗に濡れた体を重ね合い、昌子は、ピアニッシモで歓喜の声を漏らした。翌日、「東大を見てみたい」と言う昌子を敏は本郷へ案内した。安田講堂がバリケード封鎖されたばかりの東大では、全共闘が結成され、それを支援する各党派の旗が林立していた。その光景に目を見張っていると、「キミらも支援に来たのか?」と声がした。K大の寮で敏に武装闘争を熱く説いた高城だった。そして、もうひとり、キリスト教系学生組織のメンバーで、原理主義一派と共に闘った野本もいた。ふたりの案内でバリケードの中を見学した敏たちに野本が言った。「じきに、キミたちのキャンパスでも、ここと同じことが起こる。キミたちはキミたちの場所で、自分たちの行動を選んでくれ」。翌日、昌子を横浜の街に連れ出した敏だったが、その財布は底をつきかけていた。ふたりは、残りの数日間を自炊で過ごすことにした。昼間は横浜の街をブラつき、電熱器で炊いたご飯で自炊。夜になれば、ひとつ布団で肌を寄せ合う。それは、束の間の幸せな日々だった。その幸せな夏の日の後にやって来たのは、「流血の秋」だった。10・21「国際反戦デー」の街頭行動では、1000人近い逮捕者が出た。敏も、昌子も、迷っていた。「敵のためにさえ祈れ」という聖書の教えは、ほんとうに正しいのだろうか? その秋、敏たちは新たな難題に立ち向かうことになった。靖国神社を国家護持しようという動きだった。これだけは阻止しなくてはならない。熱く語り合う敏たち。しかし、その席に昌子の姿はなかった。昌子たちのキャンパスでも学園紛争が勃発し、昌子は闘争委員として、学園問題にかかりきりになっている、というのだった。敏は昌子を見守るためにも、落合牧師たちが計画している年末のフォーク集会に、参加する意思を固めた。その主役は、『あなたに』が東京の深夜放送でも流されるようになった神村信平だった。「信平さん、メジャー・デビューするんよ」とうれしそうに語る昌子の横で、浮かない顔の信平。フォーク集会の翌日、敏と信平は、一緒に教会の屋根に登った。そこで敏は信平から思わぬ告白を受けた。「ホレてたんや」と、信平は敏の体を後ろから小突き、そして言うのだった。「昌ちゃんを守ったってや」と。まっすぐな昌子が、時代の風に翻弄されないように……というのだ。冬休みが明けると、東大の安田講堂が落ちた。しかし、その炎は全国のキャンパスに広がり、敏のY大でも「全共闘」が結成された。敏は青いヘルメットを被り、昌子は赤を被って、全共闘に加わり、デモに参加した。そんな中、昌子の手紙がある決断を伝えてきた。「新橋へ行きます」と言うのだった。4・28沖縄デー。その日、敏は青を、昌子は赤を被って、それぞれの隊列に加わり、東京駅に集結して、高架上を新橋へ進撃した。青の部隊は、地上に降りた途端、機動隊のガス銃に一斉水平射撃を浴びて、隊列を崩し、赤の部隊は、高架の上で機動隊の挟撃に遭い、追い詰められた学生たちが、バラバラと地上に落ちてきた。銃撃に慄いた敏の足は、新橋の路上を走った。みっともない敗走だった。なんとか横浜に帰り着くと、橋のたもとにうずくまっている人影があった。昌子だった。その体は傷だらけだった。昌子は高架上で機動隊員に引きずり倒されたところを、何とか逃げてきたという。ボロボロに裂けたTシャツは胸元まで破けていた。このままでは帰れないという昌子に、敏は自分の黄色いTシャツを貸した。それでも、全共闘運動は、全国に広がる気配を見せていた。そんな中で、新宿の西口広場で神村信平たちがフォーク集会を開くという。知らせてきたのは、落合牧師だった。昌子からは、何の報せもない、連絡も取れない。何があったのか? その夏休み、敏は、帰省の「霧島」を京都で途中下車した。しかし、落合牧師も、昌子の消息を案じていた。もう、あの男に訊くしかない。K大の寮に訪ねた高城は、いきなり、「カンニンしてくれ」と、敏の前で土下座した。その口から語られたのは、想像した中でも最悪の事態だった。スト支援のために訪れたS大学で、高城たちは右翼学生の襲撃を受け、逃げ遅れた昌子が右翼学生たちに拉致された。発見されたのは、ズタズタに引き裂かれ、血が滲んだTシャツ。それ以来、昌子の消息が知れないというのだった。全共闘運動は数的な盛り上がりを見せ、過激各派は「秋の決戦」を叫んでいたが、敏の胸からは、急速にパトスが失われていった――。




 アポロが月面に着陸したのは、その年の7月だった。
 その様子を伝えるTVを、敏はキャンパス近くのラーメン屋で見ていた。
 空っぽの胃袋にサンマーメンをかき込んでいる間、映りのわるい店のTVには、月の軌道を回りながら高度を下げていくアポロからの実況映像が、まるで野球のゲームでも流すように映し出されていた。
 映像を見ている客は、ほとんどがY大の学生だった。

 「オーッ!!」
 「こいつら、スゲェことやるよなァ」
 「こんなのとやり合ったんじゃ、勝てっこねェよ」
 「いや、ジャングルでは、そうでもないだろ」
 「だからさぁ、人民は、ゲリラ戦で闘うしかないんだって」

 まだ、少しは血気が残っている学生たちが、ビールを飲みながら口々にもらす言葉を、敏は意識の遠くに聞いていた。

 北ベトナムに爆弾の雨を降らしながら、月に人を着陸させ、それを「人類の夢」だと言う。アメリカという国が描き出す虚構にウソ寒い恐怖心を感じながら、横浜の貧しいラーメン屋でサンマーメンをかき込んでいる敏は、その夢に共鳴することも、その夢を打ち砕くこともできず、とりあえずいまの空腹を満たすことにしか、「リアル」を感じられないでいた。
 腹が満たされると、消えた昌子の「いま」を思った。
 それ以上のリアルは感じられず、それ以下のリアルは、どうでもいいことにしか思えなかった。

 《11・17佐藤訪米阻止》は、すでに敏の中では「リアル」を失っていた。
 しかし、その日はやって来た。
 11月16日の夕刻から、学生や反戦青年委員会の労働者たちは、グループに分かれて蒲田へ向けて動き始めたが、その動きは、各所で機動隊の阻止に遭ってつぶされた。
 それでも蒲田にたどり着いたグループは、阻止線を張る機動隊に石を投げ、火炎瓶を投げ、なんとか羽田へ向かおうとした。
 蒲田駅前は騒然となり、燃え上がる火炎瓶の炎で辺り一帯は赤く染まったが、しかし、そこまでだった。
 一夜が明けると、佐藤首相を乗せた政府専用機は、何事もなかったかのように、銀色の翼をきらめかせて、太平洋の彼方に飛び去った。
 
 この夜の逮捕者は、1600人を超えた。
 日本の学生運動、労働運動を通して最大の逮捕者。
 そして、この夜で、70年安保闘争は、事実上、終わった――。

 安保条約の改定阻止を最大の政治目標として、1967年の10月に登場した《ヘルメットにゲバ棒》スタイルの新左翼運動は、政治的にはほぼ完全な敗北を喫し、この日を境に、政治運動も、全共闘運動も、潮が引くように色あせていった。
 全国の大学のバリケードは、次々に撤去され、ストライキも解除されていった。
 新左翼各派は、それでもヘルメットをかぶり、スクラムを組み続けたが、度重なる大量逮捕で指導層の多くを失い、政治闘争の目標を失ったエネルギーは、これ以降、党派間の抗争や内部抗争に向けられるようになり、そして、運動そのものが、一般大衆から乖離していった――。

        

 それでも、敏たちの「霧島」は、東京-西鹿児島間を走り続けた。
 敏は、昌子のいない「霧島」で、何度か、東京と九州の間を行き来した。
 すっかり熱の冷めたキャンパス。
 大学側は事態を収拾するために、卒業を希望する者にはスト期間中の単位を付与するという措置をとったが、それであわてて卒業して就職しようという気には、どうしてもなれなかった。
 アルバイトしながら、1年間、留年することに決め、残った日々を卒論の執筆に充てた。
 しかし、その日々を埋めていくエネルギーが、どうしても湧いてこない。

 敏たちのいちばん熱い季節。
 その季節が、昌子とともに消えた。
 1970年は、そうして、無為のうちに過ぎていった。

 卒論を仕上げると同時に、就職先を見つけなくてはならなかった。しかし、学生部に来ている求人票から就職先を選ぶ気には、まったくなれなかった。
 反体制を叫んだその口で、銀行や商社でホワイトカラーになるという道を選択することはできない。
 小さな会社でいい。少なくとも、日本の経済を動かしているようなビッグな企業ではないところ。そんな目で新聞の求人欄を探っているうちに、片隅に載っていた小さな出版社の求人が目についた。その年、創業されたばかりの会社で、新雑誌創刊を控えて人材を募集中、とあった。
 こういう会社に就職して、思い切り暴れてみるのも面白いかもしれない――と、試験を受けた。
 まだ名前も知られてない出版社だったのに、「新雑誌創刊」の文字に惹かれたのか、けっこう応募者が多く、倍率は1000倍を超えていた。
 なんとか、一次・二次の試験を突破して、最終面接を受けているところへ、ニュースが飛び込んできた。
 三島由紀夫が、市谷の自衛隊で割腹自殺を遂げた――という。
 「キミは、どう思うかね?」と面接に当たっていた編集担当の重役に尋ねられて、つい、本音で答えた。

 「私とは、まったく思想が違いますが、ひとつの思想に殉じるということでは、尊敬すべき行動であった、と思います。私には、とても、マネができませんが……」
 「できないのかね? それとも、したくないのかね?」
 「したくないのだと思います。思想を人生の最高の価値、とは思ってないので」
 「何が最高だと思うんだね、キミは?」
 「キザかもしれませんが、愛……だと確信しています」
 「ホウ……」

 面接官同士が、目の端にくすぐったそうな笑みを浮かべて、うなずき合った。
 それが決め手だったのかどうかはわからないが、敏はその出版社に採用されることになり、新しい女性雑誌の編集部に配属されることになった。
 その雑誌は、ちょっと面白い旗印を掲げていた。

 《妻である前に、母である前に、女であれ!》

 ちょうど、アメリカで発生したウーマンズ・リブの運動が、日本にも上陸しようとしているときだった。
 女の「性」を、古い道徳や家庭への束縛から解放しようという動きで、その雑誌も、そんな時代を先取りしようというコンセプトを持っていた。
 コンセプトは先鋭だったが、実際に誌面を埋める記事は、大部分がゴシップだった。
 そんな編集部に籍を置いて、1週間置きにやってくる締切に悲鳴を挙げる生活が始まると、敏の感覚は、だんだん麻痺していった。
 何を書くべきかより、何を書いたら部数が伸びるか?――に、脳の働きの大半を奪われてしまう生活。
 そういう日常に慣れていくうちに、学生時代に夜を徹して語り合ったようなテーマは、少しずつ現実味を失っていった。
 もし、敏が変わらず持ち続けたものがあるとすれば、それは昌子への想いだけだった。

        

 敏が配属された雑誌は、政治的なニュースなどはほとんど扱わない俗流ジャーナリズムだったが、そのソースだけは、毎日のように飛び込んでくる。
 その中に、赤軍派関連のニュースもあった。

 1971.2.26
 赤軍派が「国際根拠地論」に基づいて、重信房子らのメンバーをパレスチナに飛ばせ、現地で「アラブ赤軍」(後の「日本赤軍」)を創設した。

 1971.7.15
 旧・京浜安保共闘から改称した「日本共産党革命左派神奈川県委員会」の軍事組織「人民革命軍」と、赤軍派の軍事組織「中央軍」が統合されて、「統一赤軍」(後に「連合赤軍」と改称)が結成された。

 1971.12.上旬
 両派の合同軍事訓練が、南アルプスで行われる。

 1971.12.20以降
 連合赤軍は秘密基地(山岳ベース)を構築するために、関東地方の山岳ベースに移動を開始。しかし、非合法部と合法部の対立が激化。合法部寄りと見られたメンバーに対する「総括」と呼ばれるリンチが開始され、全部で12名が殺害される。その中には、女性メンバーも含まれていた。

 1972.2.19~28
 榛名山ベースに警察の捜索が迫ったことを知った連合赤軍メンバー5人が、長野方面に逃走しようとして、軽井沢の山荘に人質をとって立てこもり、10日間にわたって、警察と銃撃戦などを繰り広げた挙句に、全員逮捕された。この事件で、連合赤軍は事実上崩壊した。


 そんなニュースがもたらされるたびに、敏は、そこに「上園昌子」の名前がありはしないか――と恐れた。
 しかし、昌子の名前も、姿も、そこにはなかった。
 昌子が赤軍派のメンバーと行動を共にしていた――というのは、高城の仲間たちのひとりの、単なる目撃談にすぎない。昌子の消息と赤軍派を結びつけて考えるのは、あるいは、単なる妄想なのかもしれなかった。
 ならば、昌子は、どこに消えた?
 その答えを見つけるためには、敏は、ここにいてはいけないのではないか?

 編集部に置かれたTVに映し出される「山荘立てこもり」の実況中継を見ているうちに、敏の胸では、そんな思いが強くなっていった。
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