第11章-季節は移り…〈1〉 ワケを知る男

後姿 父と母が愛し合った時代へ。感謝をこめて☆ 

4・28の後、連絡が取れなくなった昌子。
京都に行けば、何かわかるかと思ったが、
落合牧師も、事情がわからないと言う。
こうなったら、あの男に訊くしかない。
敏は、K大の寮に高城を訪ねた――。


 愛を駆ける急行   第11章 季節は移り… 
〈1〉 ワケを知る男

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この話は、「急行霧島」として執筆した作品のリメイク版、連載50回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 父・秋吉敏が、母・昌子と出会ったのは、九州への帰省の列車、急行「霧島」の車内だった。京都のミッション系の女子大に通う女子大生で、鹿児島まで帰省すると言う昌子と、横浜の大学に通い、博多まで帰省する敏。ふたりには、2つの共通点があった。ともに、大学でコーラス・サークルに所属していたこと。もうひとつは、クリスチャンである、ということだった。意気投合したふたりは、春休みにまた、「霧島」で会おうと約束を交わす。父によれば、その頃の若者は、「政治的」か「非政治的(ノンポリ)」かのどちらかだったと言う。父と母は、その中間にいて「良心的な声」を挙げようとするグループに属していた。昌子は、通っているリベラル派の教会の牧師とともに、大阪のドヤ街で奉仕活動を続けていたが、交流するK大の合唱部には、そんな活動は自己満足にすぎない――と、政治思想を吹き込む男がいた。その年の夏休み、敏のY大グリークラブは、演奏旅行の最終日、京都で、昌子が所属するK女子大フローラル・コールとジョイントすることになった。京都で現地解散となる敏に、昌子は「京都で一泊しようよ」と提案した。昌子が「きょうの民宿のおじさん」と敏に紹介したのは、K大の学生寮に住む高城という男だった。人民を解放するためには武装闘争も必要だと言う高城は、火炎瓶もその手段のひとつになると主張。敏は、手段を誤った闘争からは、真の解放は得られないと反論した。翌日、「思索の道」を散策しながら、昌子は敏に訊いた。「愛に思想は必要だと思うか?」。敏の答えは、「愛にこそ思想が必要」だった。その年の10月8日、その出来事は起こった。ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の壁に突進していく映像がニュースで流れると、翌日から、キャンパスの空気が一変した。その秋に開かれた「大学キリスト者全国協議会」に関東代表として出席した敏は、そこに、思いもしない姿を発見した。関西代表として参加した昌子と、彼女が通う教会からオブザーバーとして参加した落合牧師。会議は、「共産主義の悪魔と闘うアメリカの若者のために祈ろう」という「保守派」と、「殺されていくベトナムの人々のためにも祈るべき」と主張する「リベラル派」の対決で紛糾した。最終日の夜は、焚火を囲んでの祈祷会になった。「無力な私たちに勇気と知恵を」。昌子の祈りを「美しい」と感じている敏に、落合牧師がささやいた。「彼女を守ってあげてくださいね」。その年のクリスマス、敏たち関東組は、「ベトナムに平和を」をテーマに、集会とデモを計画し、昌子たち関西組は、大阪で「24時間キャンドル・サービス for ベトナム」を企画した。行動は別々だったが、ふたりは「小さな約束」を実行した。「ベトナムに平和を」と祈りながら、その中でちょっぴり、おたがいの心の平和も祈る、という約束だった。その年の年末、昌子たちの教会で行われるチャリティのカウントダウンに参加するために、敏は教会を訪ねた。教会の屋根の十字架を磨くというワークを果たして、その夜、敏が教会の屋根裏部屋で寝ていると、昌子が布団の中に忍んできた。「愛してる」と告白し、無知な体を重ね合ったふたり。結ばれた瞬間、ふたりは耳の奥で、教会のオルガンが奏でる讃美歌を聴いたような気がした。年が明けると、東大紛争が勃発した。時代は、激しく変化していた。そんな時代が、「おまえはどうする?」と問いかけてくる。春休み前に、父も母もコーラスを辞めた。忍び寄る政治の季節が、ふたりに歌を捨てさせた。その春、東大の紛争は全学ストに拡大し、日大では「全共闘」が結成されて、全学がバリケード封鎖された。そんなとき、昌子から一通の手紙が届いた。東京で「フォーク・コンサート」を開くことになった。できれば、2、3日、「あなたの部屋に泊めてほしい」と言うのだった。「平和を叫ぶ」と銘打ったコンサートは、関西で産声を挙げた「プロテスト・ソング」の旗手、神村信平の東京デビューでもあった。成功裏のうちにコンサートを終えた昌子は、敏の下宿にやって来た。目の前の運河の臭いが立ち込める敏の四畳半。ふたりは、そんな部屋で汗に濡れた体を重ね合い、昌子は、ピアニッシモで歓喜の声を漏らした。翌日、「東大を見てみたい」と言う昌子を敏は本郷へ案内した。安田講堂がバリケード封鎖されたばかりの東大では、全共闘が結成され、それを支援する各党派の旗が林立していた。その光景に目を見張っていると、「キミらも支援に来たのか?」と声がした。K大の寮で敏に武装闘争を熱く説いた高城だった。そして、もうひとり、キリスト教系学生組織のメンバーで、原理主義一派と共に闘った野本もいた。ふたりの案内でバリケードの中を見学した敏たちに野本が言った。「じきに、キミたちのキャンパスでも、ここと同じことが起こる。キミたちはキミたちの場所で、自分たちの行動を選んでくれ」。翌日、昌子を横浜の街に連れ出した敏だったが、その財布は底をつきかけていた。ふたりは、残りの数日間を自炊で過ごすことにした。昼間は横浜の街をブラつき、電熱器で炊いたご飯で自炊。夜になれば、ひとつ布団で肌を寄せ合う。それは、束の間の幸せな日々だった。その幸せな夏の日の後にやって来たのは、「流血の秋」だった。10・21「国際反戦デー」の街頭行動では、1000人近い逮捕者が出た。敏も、昌子も、迷っていた。「敵のためにさえ祈れ」という聖書の教えは、ほんとうに正しいのだろうか? その秋、敏たちは新たな難題に立ち向かうことになった。靖国神社を国家護持しようという動きだった。これだけは阻止しなくてはならない。熱く語り合う敏たち。しかし、その席に昌子の姿はなかった。昌子たちのキャンパスでも学園紛争が勃発し、昌子は闘争委員として、学園問題にかかりきりになっている、というのだった。敏は昌子を見守るためにも、落合牧師たちが計画している年末のフォーク集会に、参加する意思を固めた。その主役は、『あなたに』が東京の深夜放送でも流されるようになった神村信平だった。「信平さん、メジャー・デビューするんよ」とうれしそうに語る昌子の横で、浮かない顔の信平。フォーク集会の翌日、敏と信平は、一緒に教会の屋根に登った。そこで敏は信平から思わぬ告白を受けた。「ホレてたんや」と、信平は敏の体を後ろから小突き、そして言うのだった。「昌ちゃんを守ったってや」と。まっすぐな昌子が、時代の風に翻弄されないように……というのだ。冬休みが明けると、東大の安田講堂が落ちた。しかし、その炎は全国のキャンパスに広がり、敏のY大でも「全共闘」が結成された。敏は青いヘルメットを被り、昌子は赤を被って、全共闘に加わり、デモに参加した。そんな中、昌子の手紙がある決断を伝えてきた。「新橋へ行きます」と言うのだった。4・28沖縄デー。その日、敏は青を、昌子は赤を被って、それぞれの隊列に加わり、東京駅に集結して、高架上を新橋へ進撃した。青の部隊は、地上に降りた途端、機動隊のガス銃に一斉水平射撃を浴びて、隊列を崩し、赤の部隊は、高架の上で機動隊の挟撃に遭い、追い詰められた学生たちが、バラバラと地上に落ちてきた。銃撃に慄いた敏の足は、新橋の路上を走った。みっともない敗走だった。なんとか横浜に帰り着くと、橋のたもとにうずくまっている人影があった。昌子だった。その体は傷だらけだった。昌子は高架上で機動隊員に引きずり倒されたところを、何とか逃げてきたという。ボロボロに裂けたTシャツは胸元まで破けていた。このままでは帰れないという昌子に、敏は自分の黄色いTシャツを貸した。それでも、全共闘運動は、全国に広がる気配を見せていた。そんな中で、新宿の西口広場で神村信平たちがフォーク集会を開くという。知らせてきたのは、落合牧師だった。昌子からは、何の報せもない、連絡も取れない。何があったのか? 新宿に出かけた敏は、信平と顔を合わせたが、その信平も、昌子の身を案じていた。その夏休み、敏は、帰省の「霧島」を京都で途中下車することにした――。




 京都で降りた敏は、まっすぐ、足を落合牧師の教会に向けた。

 「やっぱり、いらっしゃいましたか?」

 敏の顔を見るなり、落合牧師は、ウンウン……とうなずいた。
 「やっぱり」ということは、落合牧師も敏と同じことで胸を痛めている――ということだろう。敏が求めている答えは、そこにはない、ということだった。

 「牧師も、やはり、ご存じじゃありませんでしたか?」
 「神村クンの西口フォーク集会への参加をお知らせしたときには、もう、昌子クンと連絡が取れなくなっていました。あなたも、ヘンだと思われたでしょう? 私も、神村クンも、もしかして4・28で何かあったのか……と思っていたのですよ」
 「確かに、彼女は、あの日の闘いで傷つきはしましたが、翌日、『霧島』に乗って京都に帰りましたよ。そこまでは、ボクがしっかり見送りましたから……」
 「ええ、神村クンからも、それは聞きました。ということは、4・28から帰ってきて、そのあと、彼女に何かが起こった……と考えるしかありませんね」
 「あの……そのあと、彼女は、こちらへは?」

 落合牧師は、力なく首を振った。

 「一度も来てないのですか?」
 「ええ、一度も。秋吉クン、あのあと、昌子クンに変わった様子はありませんでしたか? 変わった……というのは、つまり、ひどく絶望していたとか、反対に、ひどく怒りに燃えていたとか……?」
 「確かに、敗北感に打ちひしがれてはいたし、権力の横暴に怒ってもいました。しかし、彼女はわかっていましたよ。目の前の闘いに勝ったか負けたかで、世界の価値を判断してしまうような考え方には、自分は組みしない……って」
 「だとすると、昌子クンが突然、変節したということも考えられませんね。あとは、この京都で、何かが起こったとしか……」

 そのとき、突然、横浜の敏の部屋で、昌子が語った言葉がよみがえった。

 「他の大学の支援にも行ってるの。高城さんたちのところもバリスト始めたし……」

 昌子に何が起こったか?
 その答えは、高城たちのキャンパスにあるような気がした。

 「落合さん、ボク、K大に行ってみます。行って、高城という男に会ってみます。何かわかるかもしれないし……」
 「高城……? その名前は、聞いたことがありません。しかし、昌子クンが最近、K大の人たちと行動を共にしていたのは、何となく聞いていました。もし何かわかったら、教えてください。あ、どうせきょうは京都泊まりでしょう? 集会室は空けておきますから、あとでどうぞ」

 ていねいにお礼を言って、教会を後にした。

        

 高城たちの寮には、「全共闘」の旗が立ち、「貫徹! 自主管理」の立て看板が立てかけられていた。入り口には、机やロッカーが積み上げられて、寮全体が要塞と化していた。
 入り口で警備に立っている赤ヘルメットの男に見覚えがあった。

 「Y大の秋吉です。高城さんに面会に来たんですが……」
 「おっ、あんた、いつか昌ちゃんの紹介で泊まりに来た人やな。ちょっと待っとって」
 男が、「高城~、面会やでェ」と寮の中に向かって叫ぶと、「だれや~?」と返事がした。
 「いつか泊まりに来たY大の、ホラ、昌ちゃんのええ人や」
 「いま行く。ちょっと待ってもろてや」
 奥から高城の声がして、階段をドタドタと下りてくる足音がした。
 「昌ちゃんのことやろ? 詳しい話は、高城から聞いてや」

 男が意味ありげに口にした「昌ちゃんのこと」というひと言が、胸に引っかかった。
 「昌ちゃんのこと」で通じる何かが、ここで起こった……ということか?
 すべてを知っているはずの男が、ボリボリと頭をかきながら、玄関から姿を現した。伸ばしっぱなしらしいヒゲは、口の周りを覆い尽くし、そのヒゲの間からのぞく眼光が、一段と鋭くなったような気がした。

 「やあ、秋吉クン、久しぶりです。去年、安田講堂の前で逢うたんやったな。よかったら、ちょっと歩きませんか?」

 返事を聞く間もなく、高城は突っかけてきたゲタを鳴らして、寮の前から鴨川へ向かう道を歩き始めた。その足が、びっこを引いている。見ると、右の足首にグルグルと包帯が巻かれていた。

 「どうしたんです、足? 4・28でやったんですか?」
 「ああ、これですか? ちょっと、出入りがあったんや、右の連中と……。秋吉クンのところでもあるでしょう?」
 「うちの場合は、あんまり右はいないんで。ぶつかるのはもっぱら民青だし」
 「そやったな。ま、民青も怖いけど、ヤクザみたいなことまではしいひんわな。よっしゃ、ちょっと河原に下りましょか?」

 高城は、痛むらしい右足を引きずりながら、河原に下りる遊歩道を下り始めた。
 対岸では、夏の太陽が断末魔の紅蓮の炎を噴きながら、京都の街並みの陰に沈みかかっている。
 川面をわたってくる風が、火照った肌を一瞬、冷やして、吹き去った。

        

 「秋吉クン、キミがボクのとこに何しに来たんか、わかってるつもりや」
 高城は、片手をポケットに突っ込んだまま、川べりに歩を進めた。
 その肩の上で、紅蓮の炎が最後の輝きを放っていた。
 「昌子クンがキミにとって、どんなに大事な人間かも、十分にわかってるつもりや」
 この男、何を言い出すつもりだろう――と、胸の奥がざわついた。
 「ボクらにとっても、昌子クンは貴重な同志やった。いや、同志以上の何かやった。少なくとも、ボクにとってはそうやった……」
 そこまで言うと、高城は歩を止め、夕陽に向かって姿勢を正した。
 その肩が、小刻みに震えだした。
 「秋吉クン……」
 心なしか、声も震えているような気がした。
 夕陽が高城の肩の上で、街並みの下に没しかかっていた。
 そのときだった。
 いきなり、高城が振り向いた。
 ポケットから出した両手がこぶしを作り、その手もブルブル……と震えている。
 なんだ、殴る気か――と思ったが、違った。
 高城の姿が、いきなり視界から消えた。
 消えた……と思った高城は、ボクの目の下で正座し、地面に額をこすりつけていた。
 その高城の口から、思いもしない言葉が飛び出した。

 「秋吉クン、すまん。このとおりや。カンニンしたってくれ」

 敏はわけがわからず、その場に立ち尽くした。
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