第10章-風に消えたキミ〈3〉 彼女の「不在」の理由

後姿 父と母が愛し合った時代へ。感謝をこめて☆ 

新宿の西口広場でフォーク集会を開く。
それを知らせてきたのは、落合牧師だった。
いつもなら、そういう連絡は昌子が伝えてくる。
その昌子からは何の連絡もない。なぜだ?
不安を抱えたまま、敏は新宿に向かった――。


 愛を駆ける急行   第10章 風に消えたキミ 
〈3〉 彼女の「不在」の理由

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この話は、「急行霧島」として執筆した作品のリメイク版、連載47回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 父・秋吉敏が、母・昌子と出会ったのは、九州への帰省の列車、急行「霧島」の車内だった。京都のミッション系の女子大に通う女子大生で、鹿児島まで帰省すると言う昌子と、横浜の大学に通い、博多まで帰省する敏。ふたりには、2つの共通点があった。ともに、大学でコーラス・サークルに所属していたこと。もうひとつは、クリスチャンである、ということだった。意気投合したふたりは、春休みにまた、「霧島」で会おうと約束を交わす。父によれば、その頃の若者は、「政治的」か「非政治的(ノンポリ)」かのどちらかだったと言う。父と母は、その中間にいて「良心的な声」を挙げようとするグループに属していた。昌子は、通っているリベラル派の教会の牧師とともに、大阪のドヤ街で奉仕活動を続けていたが、交流するK大の合唱部には、そんな活動は自己満足にすぎない――と、政治思想を吹き込む男がいた。その年の夏休み、敏のY大グリークラブは、演奏旅行の最終日、京都で、昌子が所属するK女子大フローラル・コールとジョイントすることになった。京都で現地解散となる敏に、昌子は「京都で一泊しようよ」と提案した。昌子が「きょうの民宿のおじさん」と敏に紹介したのは、K大の学生寮に住む高城という男だった。人民を解放するためには武装闘争も必要だと言う高城は、火炎瓶もその手段のひとつになると主張。敏は、手段を誤った闘争からは、真の解放は得られないと反論した。翌日、「思索の道」を散策しながら、昌子は敏に訊いた。「愛に思想は必要だと思うか?」。敏の答えは、「愛にこそ思想が必要」だった。その年の10月8日、その出来事は起こった。ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の壁に突進していく映像がニュースで流れると、翌日から、キャンパスの空気が一変した。その秋に開かれた「大学キリスト者全国協議会」に関東代表として出席した敏は、そこに、思いもしない姿を発見した。関西代表として参加した昌子と、彼女が通う教会からオブザーバーとして参加した落合牧師。会議は、「共産主義の悪魔と闘うアメリカの若者のために祈ろう」という「保守派」と、「殺されていくベトナムの人々のためにも祈るべき」と主張する「リベラル派」の対決で紛糾した。最終日の夜は、焚火を囲んでの祈祷会になった。「無力な私たちに勇気と知恵を」。昌子の祈りを「美しい」と感じている敏に、落合牧師がささやいた。「彼女を守ってあげてくださいね」。その年のクリスマス、敏たち関東組は、「ベトナムに平和を」をテーマに、集会とデモを計画し、昌子たち関西組は、大阪で「24時間キャンドル・サービス for ベトナム」を企画した。行動は別々だったが、ふたりは「小さな約束」を実行した。「ベトナムに平和を」と祈りながら、その中でちょっぴり、おたがいの心の平和も祈る、という約束だった。その年の年末、昌子たちの教会で行われるチャリティのカウントダウンに参加するために、敏は教会を訪ねた。教会の屋根の十字架を磨くというワークを果たして、その夜、敏が教会の屋根裏部屋で寝ていると、昌子が布団の中に忍んできた。「愛してる」と告白し、無知な体を重ね合ったふたり。結ばれた瞬間、ふたりは耳の奥で、教会のオルガンが奏でる讃美歌を聴いたような気がした。年が明けると、東大紛争が勃発した。時代は、激しく変化していた。そんな時代が、「おまえはどうする?」と問いかけてくる。春休み前に、父も母もコーラスを辞めた。忍び寄る政治の季節が、ふたりに歌を捨てさせた。その春、東大の紛争は全学ストに拡大し、日大では「全共闘」が結成されて、全学がバリケード封鎖された。そんなとき、昌子から一通の手紙が届いた。東京で「フォーク・コンサート」を開くことになった。できれば、2、3日、「あなたの部屋に泊めてほしい」と言うのだった。「平和を叫ぶ」と銘打ったコンサートは、関西で産声を挙げた「プロテスト・ソング」の旗手、神村信平の東京デビューでもあった。成功裏のうちにコンサートを終えた昌子は、敏の下宿にやって来た。目の前の運河の臭いが立ち込める敏の四畳半。ふたりは、そんな部屋で汗に濡れた体を重ね合い、昌子は、ピアニッシモで歓喜の声を漏らした。翌日、「東大を見てみたい」と言う昌子を敏は本郷へ案内した。安田講堂がバリケード封鎖されたばかりの東大では、全共闘が結成され、それを支援する各党派の旗が林立していた。その光景に目を見張っていると、「キミらも支援に来たのか?」と声がした。K大の寮で敏に武装闘争を熱く説いた高城だった。そして、もうひとり、キリスト教系学生組織のメンバーで、原理主義一派と共に闘った野本もいた。ふたりの案内でバリケードの中を見学した敏たちに野本が言った。「じきに、キミたちのキャンパスでも、ここと同じことが起こる。キミたちはキミたちの場所で、自分たちの行動を選んでくれ」。翌日、昌子を横浜の街に連れ出した敏だったが、その財布は底をつきかけていた。ふたりは、残りの数日間を自炊で過ごすことにした。昼間は横浜の街をブラつき、電熱器で炊いたご飯で自炊。夜になれば、ひとつ布団で肌を寄せ合う。それは、束の間の幸せな日々だった。その幸せな夏の日の後にやって来たのは、「流血の秋」だった。10・21「国際反戦デー」の街頭行動では、1000人近い逮捕者が出た。敏も、昌子も、迷っていた。「敵のためにさえ祈れ」という聖書の教えは、ほんとうに正しいのだろうか? その秋、敏たちは新たな難題に立ち向かうことになった。靖国神社を国家護持しようという動きだった。これだけは阻止しなくてはならない。熱く語り合う敏たち。しかし、その席に昌子の姿はなかった。昌子たちのキャンパスでも学園紛争が勃発し、昌子は闘争委員として、学園問題にかかりきりになっている、というのだった。敏は昌子を見守るためにも、落合牧師たちが計画している年末のフォーク集会に、参加する意思を固めた。その主役は、『あなたに』が東京の深夜放送でも流されるようになった神村信平だった。「信平さん、メジャー・デビューするんよ」とうれしそうに語る昌子の横で、浮かない顔の信平。フォーク集会の翌日、敏と信平は、一緒に教会の屋根に登った。そこで敏は信平から思わぬ告白を受けた。「ホレてたんや」と、信平は敏の体を後ろから小突き、そして言うのだった。「昌ちゃんを守ったってや」と。まっすぐな昌子が、時代の風に翻弄されないように……というのだ。冬休みが明けると、東大の安田講堂が落ちた。しかし、その炎は全国のキャンパスに広がり、敏のY大でも「全共闘」が結成された。敏は青いヘルメットを被り、昌子は赤を被って、全共闘に加わり、デモに参加した。そんな中、昌子の手紙がある決断を伝えてきた。「新橋へ行きます」と言うのだった。4・28沖縄デー。その日、敏は青を、昌子は赤を被って、それぞれの隊列に加わり、東京駅に集結して、高架上を新橋へ進撃した。青の部隊は、地上に降りた途端、機動隊のガス銃に一斉水平射撃を浴びて、隊列を崩し、赤の部隊は、高架の上で機動隊の挟撃に遭い、追い詰められた学生たちが、バラバラと地上に落ちてきた。銃撃に慄いた敏の足は、新橋の路上を走った。みっともない敗走だった。なんとか横浜に帰り着くと、橋のたもとにうずくまっている人影があった。昌子だった。その体は傷だらけだった。昌子は高架上で機動隊員に引きずり倒されたところを、何とか逃げてきたという。ボロボロに裂けたTシャツは胸元まで破けていた。このままでは帰れないという昌子に、敏は自分の黄色いTシャツを貸した。昌子はそのシャツを着て「霧島」に乗り、鉄路の彼方に消えた――。




 血の4月が終わると、学生運動の主要なステージは、学園闘争へと移っていった。
 全国の主要な大学が、次々に、バリケード・ストに突入し、「全共闘」は、その世代を表す代名詞として使われるようになった。
 封鎖に反対する学生グループと全共闘系学生との衝突も、頻発した。
 封鎖解除に動く学生のグループは、2つあった。
 ひとつは、日本共産党が主導する「民青」系のグループ。
 もうひとつは、右派グループだった。
 国公立大学では、「民青系」と「全共闘系」の衝突が、私立大学では「右派」と「全共闘系」の衝突が中心になった。

 「右派」を構成しているのは、主に体育会系の学生で、日大などでは、その右派学生を理事会が動かし、その背後には、右翼団体の影がちらついていたりもした。
 右派学生と学校当局とは、利害を共有していることが多かった。
 学校側は、優秀なスポーツ系の学生を集めることで学校の知名度を上げることができる。
 学生のほうは、学校側に忠誠を誓うことで、学費その他の経済的利益に預かることができた。
 学校によっては、右派学生が、まるで理事会の傭兵のように機能している場合もあり、そういう右派学生の行動には目に余るものもあった。
 全共闘系の学生を拉致してリンチを加える、女子学生を集団レイプする――などの事件も、日常的に発生していた。

 「全共闘」を構成するグループの中からは、学園闘争や街頭行動といった「公然活動」に見切りをつけて、「地下」に潜るグループも現れた。
 関西では、ブントの中から「赤軍派」が名乗りを挙げ、関東ではML派の中から「京浜安保共闘」が名乗りを挙げた。
 「武器=銃を調達せよ!」「資金を調達せよ!」などと叫びながら、それらのグループは、活動を非公然化し、やがて、学園から姿を消していくことになる。

 右と左の極端を生み出しながらも、全共闘運動は量的な拡大を続けた。
 しかし、量的な拡大が、質的な向上につながるわけではない。
 短期間にあまりにも多くの逮捕者を出したために、運動を指導し、闘いを指揮できる人材が、どの現場でも不足していた。
 ふくらめばふくらむほど、その足元は、不確かなものになっていく。
 自分たちの運動は、どこへ収束していこうとしているのか?
 その答えを見つけられないままに、季節は夏へ――と移りつつあった。

        

 《神村クンたちが、新宿西口広場のフォーク集会に参加します。
 よかったら、ぜひ、応援に行ってあげてください》


 落合牧師からそんな手紙が届いたのは、6月に入ってすぐだった。
 その頃、新宿駅の西口広場には、毎週末、反戦フォークなどを歌うグループが集結し、それを聴きに、学生や市民が集まってくるようになって、ちょっとした解放区の観を呈していた。
 神村信平は、そういう連中にとっては、すでにカリスマ的な存在となりつつあった。
 そういうことなら、ぜひとも――と、落合牧師には返事を出したが、ちょっと違和感があった。
 それまでなら、そういうことは、真っ先に昌子が知らせてきたはずだった。
 その昌子からは、何の連絡もない。
 
 《落合牧師から、神村さんたちの西口フォーク集会参加の件を聞きました。
 ぜひとも、応援に駆けつけたいと思います。
 ところで、昌子さんは、そのときは?
 あなたも一緒だと、ボクとしてはとてもうれしいのだけど、
 もしかして、学園のほうが忙しいのでしょうか?》


 手紙を出したが、返事も来なかった。
 こんなことは珍しい。
 考えてみれば、4・28の後、昌子を横浜駅で見送って以来、敏たちは何のコンタクトも取れてないのだった。
 いったい、どうしたんだろう?
 不安を抱えたまま、新宿西口に向かった。

        

 「ここは広場ではありません。立ち止まらないでください。ここで集会を開いたり、座り込んだりすることは、道路交通法に違反します。繰り返し、警告します。ここは、道路ではありません……」

 広場には、規制に当たる警官隊の拡声器の声が響き渡っていた。
 その年の2月に、自然発生的に始まった西口のフォーク集会は、最初は、単なる路上ライブのようなものだったが、そこでプロテスト・ソングなどが歌われるようになって、次第に参加者が増え、やがて、土曜日毎に繰り返されるその集会は、ひとつの社会現象となった。

 新宿西口は「広場」ではない。「通路」である。

 無視できなくなった政府は、5月14日に、見解を発表し、名称も一夜にして、「新宿西口広場」から「新宿西口通路」へと書き換えられた。
 しかし、いくら警官隊が「ここは広場ではない」と叫んでも、数千人の聴衆たちは、ひるむ気配を見せない。規制しようとする警官隊に、「帰れ」コールを浴びせ、制服警官隊は後退を余儀なくされていた。
 機動隊が催涙ガスを打ち込んで排除に当たることになるのは、確か、その1週間後か2週間後のことだ。

 西口の改札前から噴水広場まで、びっしりと埋め尽くした参加者たち。たとえ、その中に昌子がいたとしても、見つけ出すことはできなかっただろう。
 その代わり、神村信平は、容易に探し当てることができた。
 神村は、その日、ヒットした『あなたに』を含めて、全部で3曲のレパートリーを演奏して、観衆からやんやの喝采を浴びた。
 レパートリーの中には、《キミの汗が、あなたの涙が、新しい朝を呼ぶ~》と、安易なメッセージを投げかけたものもあって、音楽としてどうなの? と感じる部分もなきにしもあらずだったが、集まった聴衆たちは、どちらかというと、その安易なメッセージのほうに大きな反応を返した。
 神村自身がいちばん危惧していたのも、そういう部分だったが、その安易さにも訴えかけないと、表現者としての神村の生きる道がないのかもしれなかった。

        

 出番の終わった神村に近づくと、神村のほうから敏の姿を見つけて切り出してきた。

 「なぁ、秋吉クン。昌子、どないしたんやろ? キミ、知りませんか?」
 もしかして、ここへ来れば――と期待していた敏の望みは、それで絶たれた。
 「いや、ボクもそれを尋ねようと思ってたんです。京都で何かあったんだろうか……って」
 「そうかぁ。ボクは、もしかしたら、こないだの4・28でパクられでもしたんかと、心配してたんやけど……」
 「いや、4・28は無事、乗り切りました。霧島に乗って京都に帰るところまでは見届けましたから」
 「そうかぁ。ほな、もしかしたら、あれ……か?」
 「エッ、あれ……って」
 「いやいや、何でもあらへん」

 神村がそれっきり口をつぐんでしまったので、敏の胸の黒い雲は、晴れるどころか、ますます厚く垂れ込めることになった。
 昌子に、いったい、何が起こったというのか……?
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