第10章-風に消えたキミ〈序〉 「革命神話」の行き着く先

後姿 父と母が愛し合った時代へ。感謝をこめて☆ 

政治にも、社会にも、モノを言おうとしない。
そんな若者たちばかりになったいまの時代を、
父や母たちの世代は、どう思っているのだろう?
その責任は自分たちにある、と父は言う。
1969年は、そんな父たちが挫折した年だった――。


 愛を駆ける急行   第10章 風に消えたキミ 
〈序〉 「革命神話」の行き着く先

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この話は、「急行霧島」として執筆した作品のリメイク版、連載44回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 父・秋吉敏が、母・昌子と出会ったのは、九州への急行「霧島」の車内だった。その年の暮れ、「霧島」は帰省客でごった返していた。やっと、ひとつ席を見つけた敏は、頭に赤鉢巻を巻いた季節労働者風の男と道連れになった。昌子が乗り込んできたのは、京都からだった。京都のミッション系の女子大に通う女子大生で、鹿児島まで帰省すると言う。博多までの道連れができたと喜ぶ敏。赤鉢巻は、四国に渡るために、岡山で列車を降りた。岡山を過ぎると、「霧島」は、漆黒の闇の中を走る。睡魔に落ちる昌子。その頭がいつの間にか、敏の肩の上で寝息を立てていた。やがて、「霧島」は関門海峡を渡る。昌子と敏は、春休みにまた「霧島」で会おうと約束して、握手を交わした。父によれば、その頃の若者は、「政治的」か「非政治的(ノンポリ)」かのどちらかだったと言う。父と母は、その中間にいて「良心的な声」を挙げようとするグループに属していた。共通するものは、聖書とコーラス。しかし、そんなふたりに、時代は次々と課題を投げかけてきた。次の年の春休み、一緒に帰ろうと「霧島」での再会を約束した敏と昌子。おたがいの髪は、少し伸びていた。リベラル派の教会の牧師とともに、大阪のドヤ街で奉仕活動を続ける昌子には、そんな活動は自己満足にすぎないと、政治思想を吹き込む男がいた。その年の夏休み、敏のY大グリークラブは、演奏旅行の最終日、京都で、昌子が所属するK女子大フローラル・コールとジョイントすることになった。京都で現地解散となる敏に、昌子は「京都で一泊しようよ」と提案した。コンサートの後、約束の三条大橋で待ち合わせた昌子が、「きょうの民宿のおじさん」と敏に紹介したのは、K大の学生寮に住む高城という男だった。敏を寮に案内した男は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の冊子を持ってきた。そこに書かれていた「火炎瓶の作り方」をめぐって、敏と高城は論争した。人民を解放するためには武装闘争も必要だと言う高城は、火炎瓶もその手段のひとつになると主張。敏は、手段を誤った闘争からは、真の解放は得られないと反論した。翌日、「思索の道」を散策しながら、昌子は敏に訊いた。「愛に思想は必要だと思うか?」。敏の答えは、「愛にこそ思想が必要」だった。その年の10月8日、その出来事は起こった。ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の壁に突進していく映像がニュースで流れると、翌日から、キャンパスの空気が一変した。父も、母も、その嵐の中にいた。その秋、開かれた「大学キリスト者全国協議会」に関東代表として出席した敏は、そこに、思いもしない姿を発見した。関西代表として参加した昌子と、彼女が通う教会からオブザーバーとして参加したという落合牧師。会議は、「共産主義の悪魔と闘うアメリカの若者のために祈ろう」という「保守派」と、「殺されていくベトナムの人々のためにも祈るべき」と主張する「リベラル派」の対決で紛糾した。最終日の夜は、焚火を囲んでの祈祷会になった。「無力な私たちに勇気と知恵を」。昌子の祈りを「美しい」と感じている敏に、落合牧師がささやいた。「彼女を守ってあげてくださいね」。その年のクリスマス、敏たち関東組は、「ベトナムに平和を」をテーマに、集会とデモを計画し、昌子たち関西組は、大阪で「24時間キャンドル・サービス for ベトナム」を企画した。行動は別々だったが、ふたりは「小さな約束」を実行した。「ベトナムに平和を」と祈りながら、その中でちょっぴり、おたがいの心の平和も祈る、という約束だった。その年の年末、昌子は教会で行われるチャリティのカウントダウンに参加すると言う。「秋吉クンも来られたらいいのに」。手紙の末尾に記された追伸の言葉に惹かれて、敏は教会を訪ねた。待っていたのは、教会の屋根の十字架を磨くという、過酷なミッションだった。無事磨き終えて地上に降りた敏が、その夜、教会の屋根裏で寝ていると、昌子が布団の中に忍んできた。「愛してる」と告白し、無知な体を重ね合ったふたり。結ばれた瞬間、ふたりは耳の奥で、教会のオルガンが奏でる讃美歌を聴いたような気がした。年が明けると、東大紛争が勃発した。時代は、激しく変化していた。そんな時代が、「おまえはどうする?」と問いかけてくる。「二十歳は残酷だ」と、父は言った。春休み前に、父も母もコーラスを辞めた。忍び寄る政治の季節が、ふたりに歌を捨てさせた。ふたりは、九州へ走る春の帰省列車の中で、たがいの体の熱を求め合った。その春、東大の紛争は全学ストに拡大し、日大では「全共闘」が結成されて、全学がバリケード封鎖された。そんなとき、昌子から一通の手紙が届いた。東京で「フォーク・コンサート」を開くことになった。できれば、2、3日、「あなたの部屋に泊めてほしい」と言うのだった。「平和を叫ぶ」と銘打ったコンサートは、関西で産声を挙げた「プロテスト・ソング」の旗手、神村信平の東京デビューでもあった。成功裏のうちにコンサートを終えた昌子は、落合牧師たちと別れ、敏の下宿にやって来た。窓を開けると、目の前の運河からドブ臭い臭いが立ち込める敏の四畳半。ふたりは、そんな部屋で汗に濡れた体を重ね合い、昌子は、ピアニッシモで歓喜の声を漏らした。翌日、「あなたのキャンパスを見たい」と言う昌子を、敏はY大のキャンパスに案内し、さらに「東大を見てみたい」と言う彼女を本郷へ案内した。安田講堂がバリケード封鎖されたばかりの東大では、全共闘が結成され、それを支援する各党派の旗が林立していた。その光景に目を見張っていると、「キミらも支援に来たのか?」と声がした。K大の寮で敏に武装闘争を熱く説いた高城だった。そして、もうひとり、キリスト教系学生組織のメンバーで、原理主義一派と共に闘った野本もいた。ふたりの案内でバリケードの中を見学した敏たちに野本が言った。「じきに、キミたちのキャンパスでも、ここと同じことが起こる。キミたちはキミたちの場所で、自分たちの行動を選んでくれ」。その夜、敏と昌子は、汗が臭う体を洗うために銭湯に行った。翌日、昌子を横浜の街に連れ出した敏だったが、その財布は底をつきかけていた。「霧島の切符代を残しておいてね」と言う昌子の提案で、ふたりは、残りの数日間を自炊で過ごすことにした。昼間は横浜の街をブラつき、電熱器で炊いたご飯で自炊。夜になれば、ひとつ布団で肌を寄せ合う。それは、束の間の幸せな日々だった。まるで、擦り切れたレコードで聴く古いフォークソングのようだ、と感じる父たちの出会いの季節。その幸せな夏の日の後にやって来たのは、「流血の秋」だった。10・21「国際反戦デー」の街頭行動では、1000人近い逮捕者が出た。敏も、昌子も、迷っていた。「敵のためにさえ祈れ」という聖書の教えは、ほんとうに正しいのだろうか? その秋、敏たちは新たな難題に立ち向かうことになった。靖国神社を国家護持しようという動きだった。これだけは阻止しなくてはならない。熱く語り合う敏や敏たち。しかし、その席に昌子の姿はなかった。昌子たちのキャンパスでも学園紛争が勃発し、昌子は闘争委員として、学園問題にかかりきりになっている、というのだった。しかし、ひとつ心配なことがある。京都では、ブント系の学生組織が分裂の様相を見せていた。その一方は、本格的武装闘争を訴えて、爆弾の製造や武器の争奪計画を立てている。高城も確か、ブント系ではなかったか。敏は昌子を見守るためにも、落合牧師たちが計画している年末のフォーク集会に、参加する意思を固めた。その主役は、『あなたに』が東京の深夜放送でも流されるようになった神村信平だった。「信平さん、メジャー・デビューするんよ」とうれしそうに語る昌子の横で、浮かない顔の信平。フォーク集会の翌日、敏と信平は、一緒に教会の屋根に登った。そこで敏は信平から思わぬ告白を受けた。「ホレてたんや」と、信平は敏の体を後ろから小突き、そして言うのだった。「昌ちゃんを守ったってや」と。まっすぐな昌子が、時代の風に翻弄されないように……というのだ。冬休みが明けると、東大の安田講堂が落ちた。しかし、その炎は全国のキャンパスに広がり、敏のY大でも「全共闘」が結成された。敏は青いヘルメットを被り、昌子は赤を被って、全共闘に加わり、デモに参加した。そんな中、昌子の手紙がある決断を伝えてきた。「新橋へ行きます」と言うのだった。4・28沖縄デー。その日、敏は青を、昌子は赤を被って、それぞれの隊列に加わり、東京駅に集結して、高架上を新橋へ進撃した。青の部隊は、地上に降りた途端、機動隊のガス銃に一斉水平射撃を浴びて、隊列を崩し、赤の部隊は、高架の上で機動隊の挟撃に遭い、追い詰められた学生たちが、バラバラと地上に落ちてきた。銃撃に慄いた足は、新橋の路上を走った。みっともない敗走だった――。




 大衆が街頭を埋め尽くすなんていう光景を、私たちの世代は目にしたことがない。
 あるとすれば、それは、サッカーの試合に興奮したバカっぽい若者たちが、「ニッポン、ニッポン!」と歓声を挙げながら、スクランブル交差点を埋め尽くす光景ぐらいのものだ。
 こんなに矛盾に満ちた世の中なのに――と思うのだけど、だれも、それで声を挙げようとはしない。
 カレと一緒に、「反原発」のデモに参加したこともあるけど、それは、デモというより、ただの行列みたいなものだった。
 「熱気、ないね」とカレが言うのもうなずけた。
 だれも、本気で世の中を変えようとは思ってないようにも見えた。
 牙を抜かれ、爪を削がれ、羊のように従順に飼いならされた人間たちが、許された興奮を許された場所でだけ示す社会。利益を求める人間の声だけが大きくなっていくいまの世界が、人間として生きていく世界にふさわしいのかと言うと、私にはとてもそうは思えない。
 「お父さんたちがわるいのよ」
 父にそう咬みついたことがある。
 反論されるかと思ったのに、返ってきた答えは、「そうかもしれないな」だった。

 自分たちの世代は、自分たちが感じる「正義」に純粋であろう――とすることばかりに情熱を傾けすぎた。
 「純粋」を求めるあまりに、「不純」を排除しようとした。
 その結果、運動は先鋭化し、運動そのものが大衆から離れていく結果を生んだ。

        

 「打ち上げ花火になってしまったんだなぁ……」
 そう父は述懐する。
 派手な打ち上げ花火についていけなくなった大衆たちは、政治に背を向け、社会的な問題に目をつぶり、身の周りの小さな幸せにしがみつく価値観を身につけていった。
 その結果、生まれたのが、「シラケ」と呼ばれる世代だった。
 父たちの時代をリードした「プロテスト・ソング」は「4畳半フォーク」へと姿を変え、「微視的」と言える価値の中に救いを求めた。
 運動を続けていた過激派の各セクトは、内部分裂を起こし、ときにはそれが「内ゲバ」と呼ばれる内部抗争へと発展して、対立するグループを襲ったり、襲われたり……という事件が頻発して、そんな中からは死人も出た。
 それでも、武装闘争にこだわるグループの一部は、社会の表から姿を消して地下にもぐり、さらにその一部は、テロ活動に走った。
 それがさらに、大衆の政治離れに拍車をかけた。
 やがて、バブルの時代を迎えると、大衆は見せかけのパーティ気分に酔いしれ、政治や思想を語ろうとする人間は、「暗い」のひと言で退けられた。

        

 どこで、この国の社会はおかしくなってしまったのか?
 いつ頃から、この国の若者は、政治や社会にモノを言うことを止めたのか?

 その転機になったのが、1969年だろう――と、父は言う。
 あれだけ盛り上がった全共闘運動の炎を、ただの「一揆」で終わらせてしまい、後世まで継続可能な形として残せなかったのは、自分たちの責任だ――と言うのだった。

 父と母の世代は、この国でも革命が起こせると信じた、信じようとした、最後の世代かもしれない。
 しかし、そう信じて行動を起こした若者たちは、街頭で機動隊の壁に挑むたびに、何百人もの逮捕者を出し、最後には、運動を担う組織そのものの弱体化を招いて、運動そのものがエネルギーを失っていった。
 そんな時代を生きた父にとっても、そして母にとっても、その年、1969年は、挫折の年だった。
 母の郷里へと向かう旅の中で、私は、若い父が何に挫折し、母が何に傷ついたかを、知ることになった。
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