第9章-敗北の街〈4〉 彼女の赤い決断

後姿 父と母が愛し合った時代へ。感謝をこめて☆ 

東大の安田講堂が落ちて、その炎は、
全国に広がり、各大学に「全共闘」が結成された。
昌子は赤ヘルメットを被り、敏は青を被って、
全共闘に加わり、デモにも参加した。そして、
その日、「4・28沖縄デー」がやってきた――。


 愛を駆ける急行   第9章 敗北の街 
〈4〉 彼女の「赤い決断」

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この話は、「急行霧島」として執筆した作品のリメイク版、連載42回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 父・秋吉敏が、母・昌子と出会ったのは、九州への急行「霧島」の車内だった。その年の暮れ、「霧島」は帰省客でごった返していた。やっと、ひとつ席を見つけた敏は、頭に赤鉢巻を巻いた季節労働者風の男と道連れになった。昌子が乗り込んできたのは、京都からだった。京都のミッション系の女子大に通う女子大生で、鹿児島まで帰省すると言う。博多までの道連れができたと喜ぶ敏。赤鉢巻は、四国に渡るために、岡山で列車を降りた。岡山を過ぎると、「霧島」は、漆黒の闇の中を走る。睡魔に落ちる昌子。その頭がいつの間にか、敏の肩の上で寝息を立てていた。やがて、「霧島」は関門海峡を渡る。昌子と敏は、春休みにまた「霧島」で会おうと約束して、握手を交わした。父によれば、その頃の若者は、「政治的」か「非政治的(ノンポリ)」かのどちらかだったと言う。父と母は、その中間にいて「良心的な声」を挙げようとするグループに属していた。共通するものは、聖書とコーラス。しかし、そんなふたりに、時代は次々と課題を投げかけてきた。次の年の春休み、一緒に帰ろうと「霧島」での再会を約束した敏と昌子。おたがいの髪は、少し伸びていた。リベラル派の教会の牧師とともに、大阪のドヤ街で奉仕活動を続ける昌子には、そんな活動は自己満足にすぎないと、政治思想を吹き込む男がいた。その年の夏休み、敏のY大グリークラブは、演奏旅行の最終日、京都で、昌子が所属するK女子大フローラル・コールとジョイントすることになった。京都で現地解散となる敏に、昌子は「京都で一泊しようよ」と提案した。コンサートの後、約束の三条大橋で待ち合わせた昌子が、「きょうの民宿のおじさん」と敏に紹介したのは、K大の学生寮に住む高城という男だった。敏を寮に案内した男は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の冊子を持ってきた。そこに書かれていた「火炎瓶の作り方」をめぐって、敏と高城は論争した。人民を解放するためには武装闘争も必要だと言う高城は、火炎瓶もその手段のひとつになると主張。敏は、手段を誤った闘争からは、真の解放は得られないと反論した。翌日、「思索の道」を散策しながら、昌子は敏に訊いた。「愛に思想は必要だと思うか?」。敏の答えは、「愛にこそ思想が必要」だった。その年の10月8日、その出来事は起こった。ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の壁に突進していく映像がニュースで流れると、翌日から、キャンパスの空気が一変した。父も、母も、その嵐の中にいた。その秋、開かれた「大学キリスト者全国協議会」に関東代表として出席した敏は、そこに、思いもしない姿を発見した。関西代表として参加した昌子と、彼女が通う教会からオブザーバーとして参加したという落合牧師。会議は、「共産主義の悪魔と闘うアメリカの若者のために祈ろう」という「保守派」と、「殺されていくベトナムの人々のためにも祈るべき」と主張する「リベラル派」の対決で紛糾した。最終日の夜は、焚火を囲んでの祈祷会になった。「無力な私たちに勇気と知恵を」。昌子の祈りを「美しい」と感じている敏に、落合牧師がささやいた。「彼女を守ってあげてくださいね」。その年のクリスマス、敏たち関東組は、「ベトナムに平和を」をテーマに、集会とデモを計画し、昌子たち関西組は、大阪で「24時間キャンドル・サービス for ベトナム」を企画した。行動は別々だったが、ふたりは「小さな約束」を実行した。「ベトナムに平和を」と祈りながら、その中でちょっぴり、おたがいの心の平和も祈る、という約束だった。その年の年末、昌子は教会で行われるチャリティのカウントダウンに参加すると言う。「秋吉クンも来られたらいいのに」。手紙の末尾に記された追伸の言葉に惹かれて、敏は教会を訪ねた。待っていたのは、教会の屋根の十字架を磨くという、過酷なミッションだった。無事磨き終えて地上に降りた敏が、その夜、教会の屋根裏で寝ていると、昌子が布団の中に忍んできた。「愛してる」と告白し、無知な体を重ね合ったふたり。結ばれた瞬間、ふたりは耳の奥で、教会のオルガンが奏でる讃美歌を聴いたような気がした。年が明けると、東大紛争が勃発した。時代は、激しく変化していた。そんな時代が、「おまえはどうする?」と問いかけてくる。「二十歳は残酷だ」と、父は言った。春休み前に、父も母もコーラスを辞めた。忍び寄る政治の季節が、ふたりに歌を捨てさせた。ふたりは、九州へ走る春の帰省列車の中で、たがいの体の熱を求め合った。その春、東大の紛争は全学ストに拡大し、日大では「全共闘」が結成されて、全学がバリケード封鎖された。そんなとき、昌子から一通の手紙が届いた。東京で「フォーク・コンサート」を開くことになった。できれば、2、3日、「あなたの部屋に泊めてほしい」と言うのだった。「平和を叫ぶ」と銘打ったコンサートは、関西で産声を挙げた「プロテスト・ソング」の旗手、神村信平の東京デビューでもあった。成功裏のうちにコンサートを終えた昌子は、落合牧師たちと別れ、敏の下宿にやって来た。窓を開けると、目の前の運河からドブ臭い臭いが立ち込める敏の四畳半。ふたりは、そんな部屋で汗に濡れた体を重ね合い、昌子は、ピアニッシモで歓喜の声を漏らした。翌日、「あなたのキャンパスを見たい」と言う昌子を、敏はY大のキャンパスに案内し、さらに「東大を見てみたい」と言う彼女を本郷へ案内した。安田講堂がバリケード封鎖されたばかりの東大では、全共闘が結成され、それを支援する各党派の旗が林立していた。その光景に目を見張っていると、「キミらも支援に来たのか?」と声がした。K大の寮で敏に武装闘争を熱く説いた高城だった。そして、もうひとり、キリスト教系学生組織のメンバーで、原理主義一派と共に闘った野本もいた。ふたりの案内でバリケードの中を見学した敏たちに野本が言った。「じきに、キミたちのキャンパスでも、ここと同じことが起こる。キミたちはキミたちの場所で、自分たちの行動を選んでくれ」。その夜、敏と昌子は、汗が臭う体を洗うために銭湯に行った。翌日、昌子を横浜の街に連れ出した敏だったが、その財布は底をつきかけていた。「霧島の切符代を残しておいてね」と言う昌子の提案で、ふたりは、残りの数日間を自炊で過ごすことにした。昼間は横浜の街をブラつき、電熱器で炊いたご飯で自炊。夜になれば、ひとつ布団で肌を寄せ合う。それは、束の間の幸せな日々だった。まるで、擦り切れたレコードで聴く古いフォークソングのようだ、と感じる父たちの出会いの季節。その幸せな夏の日の後にやって来たのは、「流血の秋」だった。10・21「国際反戦デー」の街頭行動では、1000人近い逮捕者が出た。敏も、昌子も、迷っていた。「敵のためにさえ祈れ」という聖書の教えは、ほんとうに正しいのだろうか? その秋、敏たちは新たな難題に立ち向かうことになった。靖国神社を国家護持しようという動きだった。これだけは阻止しなくてはならない。熱く語り合う敏や敏たち。しかし、その席に昌子の姿はなかった。昌子たちのキャンパスでも学園紛争が勃発し、昌子は闘争委員として、学園問題にかかりきりになっている、というのだった。しかし、ひとつ心配なことがある。京都では、ブント系の学生組織が分裂の様相を見せていた。その一方は、本格的武装闘争を訴えて、爆弾の製造や武器の争奪計画を立てている。高城も確か、ブント系ではなかったか。敏は昌子を見守るためにも、落合牧師たちが計画している年末のフォーク集会に、参加する意思を固めた。その主役は、『あなたに』が東京の深夜放送でも流されるようになった神村信平だった。「信平さん、メジャー・デビューするんよ」とうれしそうに語る昌子の横で、浮かない顔の信平。フォーク集会の翌日、敏と信平は、一緒に教会の屋根に登った。そこで敏は信平から思わぬ告白を受けた。「ホレてたんや」と、信平は敏の体を後ろから小突き、そして言うのだった。「昌ちゃんを守ったってや」と。まっすぐな昌子が、時代の風に翻弄されないように……というのだ。冬休みが明けると、東大の安田講堂が落ちた。しかし、東大で燃え上がった火は、全国のキャンパスに広がっていった――。




 2月になって、Y大でも、全学ストが学生集会で議決され、キャンパスに入る正門と本館が、バリケード封鎖された。
 3月には、高城たちのキャンパスも全学ストに突入した。
 全国の大学の大半が、こうしてなんらかの形で紛争状態に突入し、それぞれのキャンパスで「全共闘=全学共闘会議」が結成された。
 「全共闘」そのものは、党派を超えた学生の共闘組織だったが、その主張や闘争スタイルには、それぞれのキャンパスで主導権を握る《政治党派=セクト》の影響が、色濃く反映された。
 同じ「全共闘」の文字を書き込んだヘルメットでも、その色は、銘々が所属したり、共感(シンパシー)を感じたりしている党派によって、塗り分けられていた。
 白は「中核派」、赤は「ブント=社学同」、青は「社青同解放派=反帝学評」、白にZは「革マル派」、緑は「フロント」、そして黒は「アナーキスト系」。
 そのうち、学生たちは、同じ学生仲間の思想性を表すのに、「あいつは白だから」「あいつは青だから」と、ヘルメットの色で表現するようにもなった。

 昌子は、デモに参加するときには、「赤」をかぶった。
 そして、敏は「青」をかぶった。

 ヘルメットは、本来は、デモで街頭に出たりしたときに、機動隊の警棒による殴打から頭部を守るために着用したものだが、次第に、自分の党派性を表す記号としても使われるようになった。
 無党派を貫く学生は、ふだんは「ノンヘルメット」を通したが、ヘルメットなしでデモに出るのは危険なので、ピンクをかぶる者も出てきた。
 街頭をデモするときには、ヘルメットのあごひもの部分にタオルを挟み込み、そのタオルで口と鼻を覆った。
 タオルによる覆面のひとつの目的は、催涙ガスから呼吸器を守ることにあった。
 もうひとつの目的は、顔を隠すためだった。
 デモの隊列には、たいてい、私服の公安が張り付いた。
 公安は、参加者ひとりひとりの顔が判別できるように写真を撮っていた。後に公判で証拠として使える資料を作るためだが、それだけではなく、写真を元に「危険人物のリスト」を作っている――とも言われていた。
 そのリストは、企業の人事関係などにも回されているらしい。面が割れると、就職にも影響するらしいゾ――と、ささやき合う連中もいた。
 そんなことはどうでもいいと思っていたので、敏はヘルメットはかぶっても、覆面はしなかった。

        

 デモの参加人数は、日に日に増えていった。
 ヘルメットをかぶり、通りいっぱいに広がるデモの隊列の中に入ってシュプレヒコールを叫んでいると、不思議な高揚感に包まれることがある。

 通りを埋め尽くすさまざまな色のヘルメットの輝き。
 隊列の先頭を、揺れながら進んでいく赤や青や黄色の旗。
 ビルの壁にこだまするシュプレヒコールの声、声、声……。

 このまま、自分たちの挙げる声が大きくなっていけば、もしかしたら、この社会に大きな変革をもたらすことができるかもしれない。
 そんな思いが、頭の中に芽生え、その思いは、デモの規制に当たる機動隊のジュラルミンの盾に、スクラムを組んで体当たりを繰り返す度に、ふくらんでいった。

 デモの隊列の中には、女子学生もいた。
 女の子は、できるだけ隊列の真ん中に――というのが、街頭デモに出るときの常識だった。
 デモで検挙されるのは、たいてい、列の端にいるメンバーだった。
 検挙の理由は、いくらでもある。
 公安条例で禁止されている「ジクザグ行進」をしたというだけでも、「東京都公安条例違反」という名目が成り立つ。規制しようとする機動隊の盾にぶつかれば、「公務執行妨害」の名目がつく。
 とはいえ、全員検挙というわけにはいかない。管轄の警察署にも、そんな人数を収容するだけの客室(?)の用意はない。なので、目に付いた人間を引っ張ることになる。
 「目に付く」の中には、「目立つ女」もあった――に違いない。
 何の拍子にか、列の端に押し出された女の子が、機動隊に腕を引っ張られそうになると、周りにいる男たちがガードした。奪われそうになる女の子を「奪還」するために、ジュラルミンの盾の中に飛び込んでいく男たちもいた。
 昌子が、「デモはセックスに似ている」と言った言葉の中には、そんな意味が含まれているのかもしれない、と思った。

 赤いヘルメットをかぶってデモに参加する――という昌子の周囲には、どんな男たちがいて、どんなふうに彼女の身を守っているのだろう?
 スクラムを組みながら、そんな想像が頭の中を駆け巡ることもあった。
 その度に、敏は、そんな思いを「雑念」として振り払った。

        

 敏たちが、街頭で繰り広げる行動には、ヘルメット姿でデモ行進をする「カンパニア」と呼ばれるスタイルとは別に、角材などを手にして機動隊と激しくぶつかり合う「実力闘争」と呼ばれるものがあった。
 自分の意思を社会に向かって表明する方法としての「カンパニア」闘争には、参加する。しかし、石を投げたり、火炎瓶を投げたり、角材を振りかざして突撃したりする「実力闘争」には、加わらない。いや、加わってはいけない。
 『聖書』に思想的根拠を置く者として、敏は、その一線を守ろうと思っていた。
 しかし、デモに参加する度に、振り絞って挙げる声が機動隊の壁にはね返される度に、体の中で燃え上がるものが、その線を飛び越えそうになる。
 たぶん、昌子も、自分の中で日に日に激しくなっていく熱情を押さえきれなくなったのだろう。
 4月になって、昌子から、一通の手紙が届いた。

《秋吉クン、私、決めました。
4・28の沖縄デーには、上京します。
上京して、赤ヘルの人たちとともに、新橋から霞ヶ関を目指します。
秋吉クンや楠本さんには、
それは違う――と言われるかもしれないけど、
私ね、思うんです。
確かに、聖書には、「敵まで愛しなさい」と書いてある。
でも、それは、対決するな、ということじゃない。
愛するがゆえに対決する、ということもあるんじゃないか――って。
秋吉クン、わかってね。
私は、人に血を流させるために、この闘いに参加するんじゃない。
自分の血を流すことによって、敵をも愛したい――
そう思うから、行くの。
秋吉クンだったら、わかってくれるよね。
秋吉クンは、どうするんだろう?
だれと話をしていても、「秋吉クンだったら…」と考えてしまう私。
きっと、新橋を覆い尽くす催涙ガスにむせびながらも、
私は、そんなことを思ってしまうんでしょうね》

 その時代、沖縄はまだ、アメリカの統治下にあった。
 「沖縄、奪還!」をスローガンにしたその年の「沖縄デー」は、11月の「佐藤首相訪米阻止闘争」と並ぶ、1969年最大の政治闘争の目標とされていた。
 過激派各派は、それぞれに、大規模な「都市叛乱」を呼びかけ、その戦場に新橋を指定していた。1969年の「沖縄デー」は、大荒れが予想された。

《沖縄奪還へ結集!
4・28沖縄デー
霞ヶ関を占拠せよ!》

 キャンパスにデカデカと張り出された立て看板の文字が、敏の心の中で燃えくすぶっているものを揺すぶった。
 新橋へ、新橋へ――。
 周囲の友人たちがモチベーションを高めていく中で、敏はひとつの決断をした。
 よし、行くゾ! 新橋に。
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