第8章-キミは何色?〈4〉 恋敵現る…?

後姿 父と母が愛し合った時代へ。感謝をこめて☆ 

その秋、神村信平の『あなたに』が、
ラジオの深夜放送から流れ始めた。
昌子たちのプロモーション活動が実を結んだのだ。
その神村をメインに開かれる年末のフォーク集会。
敏は、京都へ向かった――。


 愛を駆ける急行   第8章 キミは何色? 
〈4〉 恋敵、現る…?

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この話は、「急行霧島」として執筆した作品のリメイク版、連載37回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 父・秋吉敏が、母・昌子と出会ったのは、九州への急行「霧島」の車内だった。その年の暮れ、「霧島」は帰省客でごった返していた。やっと、ひとつ席を見つけた敏は、頭に赤鉢巻を巻いた季節労働者風の男と道連れになった。昌子が乗り込んできたのは、京都からだった。京都のミッション系の女子大に通う女子大生で、鹿児島まで帰省すると言う。博多までの道連れができたと喜ぶ敏。赤鉢巻は、四国に渡るために、岡山で列車を降りた。岡山を過ぎると、「霧島」は、漆黒の闇の中を走る。睡魔に落ちる昌子。その頭がいつの間にか、敏の肩の上で寝息を立てていた。やがて、「霧島」は関門海峡を渡る。昌子と敏は、春休みにまた「霧島」で会おうと約束して、握手を交わした。父によれば、その頃の若者は、「政治的」か「非政治的(ノンポリ)」かのどちらかだったと言う。父と母は、その中間にいて「良心的な声」を挙げようとするグループに属していた。共通するものは、聖書とコーラス。しかし、そんなふたりに、時代は次々と課題を投げかけてきた。次の年の春休み、一緒に帰ろうと「霧島」での再会を約束した敏と昌子。おたがいの髪は、少し伸びていた。リベラル派の教会の牧師とともに、大阪のドヤ街で奉仕活動を続ける昌子には、そんな活動は自己満足にすぎないと、政治思想を吹き込む男がいた。その年の夏休み、敏のY大グリークラブは、演奏旅行の最終日、京都で、昌子が所属するK女子大フローラル・コールとジョイントすることになった。京都で現地解散となる敏に、昌子は「京都で一泊しようよ」と提案した。コンサートの後、約束の三条大橋で待ち合わせた昌子が、「きょうの民宿のおじさん」と敏に紹介したのは、K大の学生寮に住む高城という男だった。敏を寮に案内した男は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の冊子を持ってきた。そこに書かれていた「火炎瓶の作り方」をめぐって、敏と高城は論争した。人民を解放するためには武装闘争も必要だと言う高城は、火炎瓶もその手段のひとつになると主張。敏は、手段を誤った闘争からは、真の解放は得られないと反論した。翌日、「思索の道」を散策しながら、昌子は敏に訊いた。「愛に思想は必要だと思うか?」。敏の答えは、「愛にこそ思想が必要」だった。その年の10月8日、その出来事は起こった。ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の壁に突進していく映像がニュースで流れると、翌日から、キャンパスの空気が一変した。父も、母も、その嵐の中にいた。その秋、開かれた「大学キリスト者全国協議会」に関東代表として出席した敏は、そこに、思いもしない姿を発見した。関西代表として参加した昌子と、彼女が通う教会からオブザーバーとして参加したという落合牧師。会議は、「共産主義の悪魔と闘うアメリカの若者のために祈ろう」という「保守派」と、「殺されていくベトナムの人々のためにも祈るべき」と主張する「リベラル派」の対決で紛糾した。最終日の夜は、焚火を囲んでの祈祷会になった。「無力な私たちに勇気と知恵を」。昌子の祈りを「美しい」と感じている敏に、落合牧師がささやいた。「彼女を守ってあげてくださいね」。その年のクリスマス、敏たち関東組は、「ベトナムに平和を」をテーマに、集会とデモを計画し、昌子たち関西組は、大阪で「24時間キャンドル・サービス for ベトナム」を企画した。行動は別々だったが、ふたりは「小さな約束」を実行した。「ベトナムに平和を」と祈りながら、その中でちょっぴり、おたがいの心の平和も祈る、という約束だった。その年の年末、昌子は教会で行われるチャリティのカウントダウンに参加すると言う。「秋吉クンも来られたらいいのに」。手紙の末尾に記された追伸の言葉に惹かれて、敏は教会を訪ねた。待っていたのは、教会の屋根の十字架を磨くという、過酷なミッションだった。無事磨き終えて地上に降りた敏が、その夜、教会の屋根裏で寝ていると、昌子が布団の中に忍んできた。「愛してる」と告白し、無知な体を重ね合ったふたり。結ばれた瞬間、ふたりは耳の奥で、教会のオルガンが奏でる讃美歌を聴いたような気がした。年が明けると、東大紛争が勃発した。時代は、激しく変化していた。そんな時代が、「おまえはどうする?」と問いかけてくる。「二十歳は残酷だ」と、父は言った。春休み前に、父も母もコーラスを辞めた。忍び寄る政治の季節が、ふたりに歌を捨てさせた。ふたりは、九州へ走る春の帰省列車の中で、たがいの体の熱を求め合った。その春、東大の紛争は全学ストに拡大し、日大では「全共闘」が結成されて、全学がバリケード封鎖された。そんなとき、昌子から一通の手紙が届いた。東京で「フォーク・コンサート」を開くことになった。できれば、2、3日、「あなたの部屋に泊めてほしい」と言うのだった。「平和を叫ぶ」と銘打ったコンサートは、関西で産声を挙げた「プロテスト・ソング」の旗手、神村信平の東京デビューでもあった。成功裏のうちにコンサートを終えた昌子は、落合牧師たちと別れ、敏の下宿にやって来た。窓を開けると、目の前の運河からドブ臭い臭いが立ち込める敏の四畳半。ふたりは、そんな部屋で汗に濡れた体を重ね合い、昌子は、ピアニッシモで歓喜の声を漏らした。翌日、「あなたのキャンパスを見たい」と言う昌子を、敏はY大のキャンパスに案内し、さらに「東大を見てみたい」と言う彼女を本郷へ案内した。安田講堂がバリケード封鎖されたばかりの東大では、全共闘が結成され、それを支援する各党派の旗が林立していた。その光景に目を見張っていると、「キミらも支援に来たのか?」と声がした。K大の寮で敏に武装闘争を熱く説いた高城だった。そして、もうひとり、キリスト教系学生組織のメンバーで、原理主義一派と共に闘った野本もいた。ふたりの案内でバリケードの中を見学した敏たちに野本が言った。「じきに、キミたちのキャンパスでも、ここと同じことが起こる。キミたちはキミたちの場所で、自分たちの行動を選んでくれ」。その夜、敏と昌子は、汗が臭う体を洗うために銭湯に行った。翌日、昌子を横浜の街に連れ出した敏だったが、その財布は底をつきかけていた。「霧島の切符代を残しておいてね」と言う昌子の提案で、ふたりは、残りの数日間を自炊で過ごすことにした。昼間は横浜の街をブラつき、電熱器で炊いたご飯で自炊。夜になれば、ひとつ布団で肌を寄せ合う。それは、束の間の幸せな日々だった。まるで、擦り切れたレコードで聴く古いフォークソングのようだ、と感じる父たちの出会いの季節。その幸せな夏の日の後にやって来たのは、「流血の秋」だった。10・21「国際反戦デー」の街頭行動では、1000人近い逮捕者が出た。敏も、昌子も、迷っていた。「敵のためにさえ祈れ」という聖書の教えは、ほんとうに正しいのだろうか? その秋、敏たちは新たな難題に立ち向かうことになった。靖国神社を国家護持しようという動きだった。これだけは阻止しなくてはならない。熱く語り合う敏や敏たち。しかし、その席に昌子の姿はなかった。昌子たちのキャンパスでも学園紛争が勃発し、昌子は闘争委員として、学園問題にかかりきりになっている、というのだった。しかし、ひとつ心配なことがある。京都では、ブント系の学生組織が分裂の様相を見せていた。その一方は、本格的武装闘争を訴えて、爆弾の製造や武器の争奪計画を立てている。高城も確か、ブント系ではなかったか。敏は昌子を見守るためにも、落合牧師たちが計画している年末のフォーク集会に、参加する意思を固めた――。




 12月の「靖国神社国家護持法案に反対する市民統一行動」には、包帯が取れたばかりの楠本も参加して、1000人近い規模のデモを組織することができた。
 参加したのは、キリスト教関係者ばかりではなかった。
 仏教青年会からも有志の参加者が加わり、市民団体からも支援のメンバーが加わった。
 決して大規模とは言えないデモだったが、デモとしては、それなりに成果を上げたのではないか――と、敏や楠本たちは総括した。
 講演会活動のほうは、敏のキャンパスを含めて、全部で13の大学で講演会を開くことに成功したが、残念ながら、学生たちの関心は、もっぱら、東大・日大闘争やベトナム反戦、安保闘争のほうに向いていて、大きく関心を集めるというところまではいかなかった。

 一方、国会議員への訴えなどを方針として掲げた若原たちの活動も、それなりに成果を上げつつあった。
 もともと、この問題については、与野党を問わず、宗教系の議員が反発していた。
 結局、法案は与党内でも意見がまとまらず、最終的には、議員立法という形で提出せざるを得なくなるのではないか――という観測が、敏たちの間でも主流となりつつあった。

        

 クリスマスが近づいてきたある夜、ゼミのレポートをまとめていた敏は、つけっぱなしで流していたトランジスタ・ラジオから流れてきた曲に、思わず耳を奪われた。

 「この曲は、関西方面からよくリクエストをいただいて、最近、ジワジワとヒット・チャートを上昇しているんですよね。この歌で歌われているのは、被差別部落出身の女の子の恋の話なんですが……」

 パーソナリティの解説に「エッ!?」となった。
 神村信平の『あなたに』だった。
 渋谷の「Y教会」で行われた《平和を祈る! フォークソングの夕べ》で披露した新曲。昌子たちが、深夜放送を中心にリクエストを送り続けるなどして、草の根的にヒットを狙う――と言っていた曲だった。
 それが、とうとう東京のキー局の深夜放送で流れるようになった。
 昌子や落合牧師たちの地道な作戦が功を奏したのだろう。
 パーソナリティが紹介した話によると、いま、関西方面のフォーク集会などでは、必ず演奏される定番になりつつあり、神村信平は、近々、東京での演奏活動を本格化させる予定である、ということだった。

 少しずつ、何かが変わり始めているのかもしれない。
 音楽の世界でも、メジャーのシステムに頼らずに曲をヒットさせる神村のような連中が、後から後から出てくるようになれば、一部のメジャーに支配された市場の仕組みが変わっていくのではないか。
 漠然と抱いたそんな希望を、手紙にしたためて昌子に送った。
 昌子から、すぐに返事が来た。

 《やったぁ。東京でも流れ始めたんですね》

 昌子は、『あなたに』のヒットを確信した喜びをしたためたあと、「ところで……」と、気になることを伝えてきた。

《この前、はじめて、ヘルメットというものを被りました。
色は、赤です。
高城さんたちが被っているのと同じ色です。
デモに参加したとき、
被ってないと危ないから……と言われて被ったんだけど、
けっこう似合ってましたよ。

でも、心配しないでね。
別に赤を被ったからと言って、
「入信」したわけではありませんから。

でもね、ちょっと思っちゃいました。
秋吉クンだったら、何色を被るんだろう――って。
バカですね、私。
デモしながら、そんなこと考えてるんだもの……》

 「入信」とは、いかにも、昌子らしいジョークだ。
 そんなジョークが飛び出すのは、昌子がまだ客観性を失ってない証――とも思えて、敏は少しだけ、安心した。

        

 しかし、何色なんだろう……。
 昌子が手紙で書いてよこした「秋吉クンだったら、何色を」の一節が、ちょっとだけ気になった。
 Y大学のキャンパスで自治会を牛耳っていたのは、教育学部は、白ヘルメットの「中核派」だった。数的には、全学を通して、これがいちばん多い。
 経済学部では、青ヘルメットの「社青同解放派」とブントから分かれた「ML派」が、勢力を二分していた。
 「ML派」は、ブントの大衆運動路線を生ぬるいと批判して飛び出した一派で、Y大の「ML派」は、後に武闘路線を先鋭化させて「KH安保共闘」と名称を変え、さらに関西の「赤軍派」と合流して「連合赤軍」を結成することになる。
 あくまで「ノンセクト(無党派)」を貫いていた敏だったが、もし、どこかのグループと行動を共にするとしたら、その色は「青」だろうと思っていた。

 「赤」を被る昌子と「青」を被るボク。
 ふたりが、どこかでスクラムを組み合って、一緒に街頭行動をとることがあるのだろうか?
 それともどこかで、激しくぶつかり合うことになるのだろうか?
 そのときは、まだ、どちらも想像できなかった。

        

 クリスマスが近づくと、敏は港のバイトで早めに旅費を稼ぎ、新幹線に乗って京都に向かった。
 昌子たちが企画した「反戦フォーク集会」は、市内の公園の野外音楽堂で開催されることになっていた。
 昌子の手紙には、「設営から手伝ってくれたらうれしいんだけど……」というメッセージが、「追伸」としてしたためてあった。「追伸」として書くということは、つまり、それが本心――ということだ。
 「霧島」だと、到着が夕方になってしまうので、ちょっとムリして新幹線に乗り、昼前に京都に着いた。

 「オーッ! 罪びと来たれり!」

 設営中の会場に着くと、その日の集会の目玉でもある神村信平が、真っ先に敏に気づき、声をかけてきた。
 その顔が浅黒くなり、精悍さを増したように見えた。精悍に見えたのは、口からあごにかけて生やしたヒゲのせいかもしれなかった。

 「どうしたんです、ヒゲ? チェ・ゲバラを意識した……とか?」
 「いや、世捨て人になったんですわ」
 「何言ってるんです? これから全国区になろうって人が……」
 「そんなんは、どうでもよろしい。むなしいだけですわ」
 「何か、悩みでもあるんですか?」
 「悩みあるんですか……て、よう言わはるわ。ボクの悩みを作った張本人が……」
 「エッ!?」

 わけがわからない――という顔をしているところへ、落合牧師がやって来た。
 「やあ、やあ。来てくれましたか? で、来る早々、恋敵にからまれてたわけですね」
 エッ、恋敵……?
 そんな話、聞いてないゾ――と、神村の顔を見ると、ヒゲの中の精悍さが一気に崩れて、照れくさそうに長髪の頭をかいた。
 かいた頭の髪を、両手でバサバサとかきむしる。
 会場を照らす冬の真昼の陽射しの中に、まるで石灰のように、神村の頭から剥げ落ちたフケが舞い上がるのが見えた。
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