第8章-キミは何色?〈1〉 流血の秋

後姿 父と母が愛し合った時代へ。感謝をこめて☆ 

その秋の10月21日、国際反戦デーでは、
1000人近い学生たちが逮捕され、
多くの血が流された。そんな中で敏と昌子は、
迷ってたいた。「敵のためにさえ祈れ」という
聖書の教えは、正しかったのか――。


 愛を駆ける急行   第8章 キミは何色? 
〈1〉 流血の秋

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この話は、「急行霧島」として執筆した作品のリメイク版、連載34回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 父・秋吉敏が、母・昌子と出会ったのは、九州への急行「霧島」の車内だった。その年の暮れ、「霧島」は帰省客でごった返していた。やっと、ひとつ席を見つけた敏は、頭に赤鉢巻を巻いた季節労働者風の男と道連れになった。昌子が乗り込んできたのは、京都からだった。京都のミッション系の女子大に通う女子大生で、鹿児島まで帰省すると言う。博多までの道連れができたと喜ぶ敏。赤鉢巻は、四国に渡るために、岡山で列車を降りた。岡山を過ぎると、「霧島」は、漆黒の闇の中を走る。睡魔に落ちる昌子。その頭がいつの間にか、敏の肩の上で寝息を立てていた。やがて、「霧島」は関門海峡を渡る。昌子と敏は、春休みにまた「霧島」で会おうと約束して、握手を交わした。父によれば、その頃の若者は、「政治的」か「非政治的(ノンポリ)」かのどちらかだったと言う。父と母は、その中間にいて「良心的な声」を挙げようとするグループに属していた。共通するものは、聖書とコーラス。しかし、そんなふたりに、時代は次々と課題を投げかけてきた。次の年の春休み、一緒に帰ろうと「霧島」での再会を約束した敏と昌子。おたがいの髪は、少し伸びていた。リベラル派の教会の牧師とともに、大阪のドヤ街で奉仕活動を続ける昌子には、そんな活動は自己満足にすぎないと、政治思想を吹き込む男がいた。その年の夏休み、敏のY大グリークラブは、演奏旅行の最終日、京都で、昌子が所属するK女子大フローラル・コールとジョイントすることになった。京都で現地解散となる敏に、昌子は「京都で一泊しようよ」と提案した。コンサートの後、約束の三条大橋で待ち合わせた昌子が、「きょうの民宿のおじさん」と敏に紹介したのは、K大の学生寮に住む高城という男だった。敏を寮に案内した男は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の冊子を持ってきた。そこに書かれていた「火炎瓶の作り方」をめぐって、敏と高城は論争した。人民を解放するためには武装闘争も必要だと言う高城は、火炎瓶もその手段のひとつになると主張。敏は、手段を誤った闘争からは、真の解放は得られないと反論した。翌日、「思索の道」を散策しながら、昌子は敏に訊いた。「愛に思想は必要だと思うか?」。敏の答えは、「愛にこそ思想が必要」だった。その年の10月8日、その出来事は起こった。ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の壁に突進していく映像がニュースで流れると、翌日から、キャンパスの空気が一変した。父も、母も、その嵐の中にいた。その秋、開かれた「大学キリスト者全国協議会」に関東代表として出席した敏は、そこに、思いもしない姿を発見した。関西代表として参加した昌子と、彼女が通う教会からオブザーバーとして参加したという落合牧師。会議は、「共産主義の悪魔と闘うアメリカの若者のために祈ろう」という「保守派」と、「殺されていくベトナムの人々のためにも祈るべき」と主張する「リベラル派」の対決で紛糾した。最終日の夜は、焚火を囲んでの祈祷会になった。「無力な私たちに勇気と知恵を」。昌子の祈りを「美しい」と感じている敏に、落合牧師がささやいた。「彼女を守ってあげてくださいね」。その年のクリスマス、敏たち関東組は、「ベトナムに平和を」をテーマに、集会とデモを計画し、昌子たち関西組は、大阪で「24時間キャンドル・サービス for ベトナム」を企画した。行動は別々だったが、ふたりは「小さな約束」を実行した。「ベトナムに平和を」と祈りながら、その中でちょっぴり、おたがいの心の平和も祈る、という約束だった。その年の年末、昌子は教会で行われるチャリティのカウントダウンに参加すると言う。「秋吉クンも来られたらいいのに」。手紙の末尾に記された追伸の言葉に惹かれて、敏は教会を訪ねた。待っていたのは、教会の屋根の十字架を磨くという、過酷なミッションだった。無事磨き終えて地上に降りた敏が、その夜、教会の屋根裏で寝ていると、昌子が布団の中に忍んできた。「愛してる」と告白し、無知な体を重ね合ったふたり。結ばれた瞬間、ふたりは耳の奥で、教会のオルガンが奏でる讃美歌を聴いたような気がした。年が明けると、東大紛争が勃発した。時代は、激しく変化していた。そんな時代が、「おまえはどうする?」と問いかけてくる。「二十歳は残酷だ」と、父は言った。春休み前に、父も母もコーラスを辞めた。忍び寄る政治の季節が、ふたりに歌を捨てさせた。ふたりは、九州へ走る春の帰省列車の中で、たがいの体の熱を求め合った。その春、東大の紛争は全学ストに拡大し、日大では「全共闘」が結成されて、全学がバリケード封鎖された。そんなとき、昌子から一通の手紙が届いた。東京で「フォーク・コンサート」を開くことになった。できれば、2、3日、「あなたの部屋に泊めてほしい」と言うのだった。「平和を叫ぶ」と銘打ったコンサートは、関西で産声を挙げた「プロテスト・ソング」の旗手、神村信平の東京デビューでもあった。成功裏のうちにコンサートを終えた昌子は、落合牧師たちと別れ、敏の下宿にやって来た。窓を開けると、目の前の運河からドブ臭い臭いが立ち込める敏の四畳半。ふたりは、そんな部屋で汗に濡れた体を重ね合い、昌子は、ピアニッシモで歓喜の声を漏らした。翌日、「あなたのキャンパスを見たい」と言う昌子を、敏はY大のキャンパスに案内し、さらに「東大を見てみたい」と言う彼女を本郷へ案内した。安田講堂がバリケード封鎖されたばかりの東大では、全共闘が結成され、それを支援する各党派の旗が林立していた。その光景に目を見張っていると、「キミらも支援に来たのか?」と声がした。K大の寮で敏に武装闘争を熱く説いた高城だった。そして、もうひとり、キリスト教系学生組織のメンバーで、原理主義一派と共に闘った野本もいた。ふたりの案内でバリケードの中を見学した敏たちに野本が言った。「じきに、キミたちのキャンパスでも、ここと同じことが起こる。キミたちはキミたちの場所で、自分たちの行動を選んでくれ」。その夜、敏と昌子は、汗が臭う体を洗うために銭湯に行った。翌日、昌子を横浜の街に連れ出した敏だったが、その財布は底をつきかけていた。「霧島の切符代を残しておいてね」と言う昌子の提案で、ふたりは、残りの数日間を自炊で過ごすことにした。昼間は横浜の街をブラつき、電熱器で炊いたご飯で自炊。夜になれば、ひとつ布団で肌を寄せ合う。それは、束の間の幸せな日々だった。まるで、擦り切れたレコードで聴く古いフォークソングのようだ、と感じる父たちの出会いの季節。その幸せな夏の日の後にやって来たのは、「流血の秋」だった――。




 1968年の秋は、その時代に青春を過ごした人間にとっては、忘れられない季節となった。
 9月30日。日大両国講堂に全共闘学生3万人が集まって、大学当局と大衆団交が行われた。
 10時間に及ぶ団交の結果、全理事の退陣と経理の全面公開、検閲制度の廃止を求めた学生側の要求に大学当局が屈し、確認書が交わされた。
 しかし、この確認書は、翌日、当時の佐藤首相が「そんなものは認められない」と激怒したため白紙撤回され、全理事が居座った上で、機動隊による強権弾圧が開始された。
 10月5日には、秋田全共闘議長らへの逮捕状が出され、各学部のバリケード封鎖が次々と解除されていく。
 その頃、東大では、10月12日に法学部もスト突入を議決。全10学部が「無期限スト」という、開校以来初の異例の事態となっていた。
 そんな中で、その日はやってきた。

 10.・21国際反戦デー。

 元々は、総評(日本労働組合総評議会)が1966年に「ベトナム反戦統一スト」を実施したのがきっかけとなって、以後、反戦を訴える記念日として定着したものだったが、この年の10月21日、学生運動の各派は、各地で過激な街頭行動を展開した。
 赤ヘルメットの社学同(ブント統一派系)は、防衛庁への突入を図り、青ヘルメットの社青同解放派はアメリカ大使館への突入を図って、機動隊と激突した。
 最大勢力を誇った白ヘルメットの中核派は、ブント統一に反対して分派したML派とともに、「米軍タンク車輸送阻止」を訴えて、新宿駅に集結。集まった10万人近い野次馬の一部もこれに合流して、駅構内になだれ込み、電車に火を放つなどの破壊活動を行ったため、新宿駅は機能停止状態に陥った。
 この新宿の騒動には、翌日、騒乱罪が適用され、769名の逮捕者を出した。
 そうした街頭闘争の度に、キャンパスから姿を消し、しばらく帰って来なくなる学生がいた。

 ○○が、パクられた。
 ○○は、頭を割られて、入院したそうだ。

 そんな話を耳にしながら、敏は、それらの出来事を、新聞で読んだり、学食のTVで見たりするしかなかった。
 まるで、巨人と阪急の日本シリーズでも見るように。

 おまえ、それでいいのか?

 何度も自分に問いかけたが、答えは出せなかった。
 少なくとも、街頭に出て鉄パイプを振り回す、石を投げる――という選択は、敏にはできなかった。
 どんなに、その主張が正しくとも、武装闘争に加わってしまえば、そのことでひとつの思想的支えを失ってしまう、と思ったからだ。

        

 そのジレンマは、たぶん、昌子をも苦しめていたに違いない。
 昌子からの手紙にも、その片鱗を読み取ることができた。

《最近、こんなことを主張する人に会いました。
イエスは、民族解放闘争の指導者であった――
とも言えるのではないか。
その人によれば、ルカによる福音書に、イエスのこんな言葉が記されていると言うのです。

『つるぎのない者は、
自分の上着を売ってそれを買うがよい』

そのあと、いよいよ、イエスがユダヤの祭司長たちに捕らえられるというとき、
イエスのそばにいた人たちのひとりが、
祭司長の僕に切りつけて右の耳を切り落とします。
イエスは「それぐらいにしておきなさい」と諌めはするけれど、
切りつけることを止めはしなかった。
これは、ほかの福音書には出てこない記述なので、
もしかしたら、他の福音書では、その記述が意図的に隠されたか、
あるいは、ひとりルカのイエス観だけが、
他の福音書作家たちとは違っていたか、
そのどちらかだろう――と、その人は言うのです。

私は、最近、迷ってます。
敵のためにさえ祈れ、という聖書の言葉を
ずっと信じて生きてきたけれど、
それはほんとに正しい理解だったのだろうか――と。

私の周りでは、どんどん人の考え方が先鋭化しているような気がします。
きのうまで、やさしい言葉で話していた人が、
突然、戦場へ向かう人のような言葉を口にするようになったりします。
少し、怖い気がします。
怖いのは、
いろんな問題が噴き出して世の中が騒がしくなったからではなく、
人々の語る言葉が鋭く尖って、
人を傷つけるために語られるようになっていく、そのことです。

秋吉クン。
秋吉クンの言葉は、変わらないよね。
秋吉クンは、人を倒すためにではなく、
人を愛するための言葉で話し続けてくれるよね。

この前、新宿で起こったことをニュースで見て、
秋吉クンが変わってしまうのではないか――と、
ちょっと心配したりしています》

 昌子が書いてよこした「イエスは民族解放闘争の指導者」という説は、欧州では、ひとつの学説として提唱されていた。
 それとは別に、南米などのカトリック教会では、若い司祭たちを中心に「解放の神学」(キリスト教会は差別を受けるマイノリティの救いのために寄与すべき、とする神学)を唱えるグループがいて、バチカンでは、これを異端とするかどうかの議論が起こっていた。
 その一方では、「ベトナムから共産主義の悪魔を追放せよ!」と叫び、妊娠中絶とホモを敵視する、アメリカのキリスト教保守派のような一派もいた。
 キリスト教界も、ひとつではない。
 そのひとつではないキリスト教系学生が、意見を闘わせる「大学キリスト者全国協議会」の日程が迫っていた。

        

 前年は、関東地区代表の敏や野本たち、落合牧師や昌子がスクラムを組んで、原理主義グループの主張を退けた形になった。
 その年は、やっかいな問題がひとつ持ち上がっていた。
 靖国神社の問題だ。
 靖国神社を国家護持しよう――という法案が、議員立法という形で国会へ提出されようとしていて、仏教界、キリスト教界は、こぞって反対。教派神道の中からも、反対の声が起こっていた。
 全国協議会を前に、敏は野本たちと一緒に、仏教青年会のグループとも意見交換会を持ち、「法案を廃案に追い込むために手を取り合おう」という意思統一を図っていた。

 「靖国神社」は宗教に非ず――というのが、敏たちの統一見解だった。
 「靖国神社」は、日清戦争、日露戦争で大量の戦死者を出したことに国民の不満が募り始めたことに危機感を持った当時の指導層が、大あわてで作った国家ぐるみの新興宗教のようなものだった。
 「戦士すれば即、英霊となる」という教義も、伝統的な神道からすれば、あり得ない話だった。キリスト教徒や仏教徒の遺族が、「息子の霊はわが家の宗教で弔いたいので」と遺品などの返還を求めても、神社側はいっさい応じようとしなかった。
 その「靖国神社」を筆頭とする各地の護国神社は、「国家神道」というイデオロギーを維持する組織として運営されてきたのであり、それを再び、国家で護持するというのは、廃止されたはずの「国家神道」を復活させることに他ならない。
 断じて反対する――と、多くの宗教団体、宗教家が、こぞって声を挙げていた。

 大学キリスト者としても、この問題は、見過ごしにはできない。
 その秋の協議会のテーマは、「靖国問題を考える」になった。
 おそらく、関西からは、落合牧師も論客として参加するに違いない。
 たぶん、昌子も来るだろう――と、11月初旬のその日が来るまで、敏は思っていた。
 しかし……。
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Re: タイトルなし

ウルフドッグさま

コメントありがとうございます。

> 今の状況と、この時代の状況は、よく似ている感じがします。

ただし、「鋭い言葉」のベクトルが、まったく逆向きですけどね。
あの時代に「鋭い言葉」を発していたのは、「前衛」を意識していた人たち。
いまの時代、それをやっているのは、「町奴(武士のフリをする町人)」階層。
発している言葉も、「連帯」と「排外」――というふうに違っています。
いまの時代、尖っているのは、「悪意」のほうだと思います。

哲雄

人々の語る言葉が鋭く尖って、人を傷付けるために語られるようになっていく――今の、世相にも当て嵌まる言葉ですね。
今の状況と、この時代の状況は、よく似ている感じがします。
ご訪問ありがとうございます
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