第5章-十字架を磨け〈序〉 父と母が結ばれた場所は、いま…

後姿 父と母が愛し合った時代へ。感謝をこめて

母が通っていた教会が見たい――と、
父の手を引いた。しかし、その教会では、
結婚式のセレモニーが行われていた。
「世俗化」して堕落していく教会。そこは、
父と母が初めて結ばれた場所でもあった――。


 愛を駆ける急行   第5章 十字架を磨け 
〈序〉 父と母が結ばれた場所は、いま…

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この話は、「急行霧島」として執筆した作品のリメイク版、連載18回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 父・秋吉敏が、母・昌子と出会ったのは、九州への急行「霧島」の車内だった。その年の暮れ、「霧島」は帰省客でごった返していた。やっと、ひとつ席を見つけた敏は、頭に赤鉢巻を巻いた季節労働者風の男と道連れになった。昌子が乗り込んできたのは、京都からだった。京都のミッション系の女子大に通う女子大生で、鹿児島まで帰省すると言う。博多までの道連れができたと喜ぶ敏。赤鉢巻は、四国に渡るために、岡山で列車を降りた。岡山を過ぎると、「霧島」は、漆黒の闇の中を走る。睡魔に落ちる昌子。その頭がいつの間にか、敏の肩の上で寝息を立てていた。やがて、「霧島」は関門海峡を渡る。昌子と敏は、春休みにまた「霧島」で会おうと約束して、握手を交わした。父によれば、その頃の若者は、「政治的」か「非政治的(ノンポリ)」かのどちらかだったと言う。父と母は、その中間にいて「良心的な声」を挙げようとするグループに属していた。共通するものは、聖書とコーラス。しかし、そんなふたりに、時代は次々と課題を投げかけてきた。次の年の春休み、一緒に帰ろうと「霧島」での再会を約束した敏と昌子。おたがいの髪は、少し伸びていた。リベラル派の教会の牧師とともに、大阪のドヤ街で奉仕活動を続ける昌子には、そんな活動は自己満足にすぎないと、政治思想を吹き込む男がいた。その年の夏休み、敏のY大グリークラブは、演奏旅行の最終日、京都で、昌子が所属するK女子大フローラル・コールとジョイントすることになった。京都で現地解散となる敏に、昌子は「京都で一泊しようよ」と提案した。コンサートの後、約束の三条大橋で待ち合わせた昌子が、「きょうの民宿のおじさん」と敏に紹介したのは、K大の学生寮に住む高城という男だった。敏を寮に案内した男は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の冊子を持ってきた。そこに書かれていた「火炎瓶の作り方」をめぐって、敏と高城は論争した。人民を解放するためには武装闘争も必要だと言う高城は、火炎瓶もその手段のひとつになると主張。敏は、手段を誤った闘争からは、真の解放は得られないと反論した。翌日、「思索の道」を散策しながら、昌子は敏に訊いた。「愛に思想は必要だと思うか?」。敏の答えは、「愛にこそ思想が必要」だった。その年の10月8日、その出来事は起こった。ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の壁に突進していく映像がニュースで流れると、翌日から、キャンパスの空気が一変した。父も、母も、その嵐の中にいた。その秋、開かれた「大学キリスト者全国協議会」に関東代表として出席した敏は、そこに、思いもしない姿を発見した。関西代表として参加した昌子と、彼女が通う教会からオブザーバーとして参加したという落合牧師。会議は、「共産主義の悪魔と闘うアメリカの若者のために祈ろう」という「保守派」と、「殺されていくベトナムの人々のためにも祈るべき」と主張する「リベラル派」の対決で紛糾した。最終日の夜は、焚火を囲んでの祈祷会になった。「無力な私たちに勇気と知恵を」。昌子の祈りを、敏は「美しい」と感じた――。




 「ここらへんだったんだけどなぁ……」
 と、父は、目を眩しそうに細めて、通りを見渡す。
 ピカピカに光る十字架を戴いた塔のある建物。
 しかし、視界にそれらしい建物の姿は見当たらない。
 「こんなにマンションが建ってしまったら、どこがどこだかわからないじゃないか」
 だれにぶつけるというのでもない不満を、父は、口の中でつぶやいた。

 「お母さんが通ってた教会が見てみたい」と言い出したのは、私だった。
 父は、あまり乗り気ではなかった。
 すでに落合牧師は、この世にいない。母が亡くなる10年以上も前、教会を後継の牧師に委ねた落合牧師は、単身、アフリカに渡航した。内乱状態の現地で難民救済のボランティアに参加するためだったが、すでに高齢の域に達していた牧師は、過酷な状況でのムリがたたって、現地で病死した。
 その後、教会がどうなったかについては、父は知らない。
 かすかな記憶を頼りに、京都郊外のその土地を訪ねたのだが、街の様子がすっかり変わって、父は、教会へとたどる道も見つけられないでいた。

 もう、あきらめて帰ろうか――と思い始めたときだった。
 「あ、あった!」
 父が小さな声を挙げた。
 手が指し示す方向を見ると、ビルとビルに囲まれた狭い土地に、小さな教会の塔が見えた。そのてっぺんでは、十字架が鈍く光っていた。
 全然、ピカピカじゃない。
 そのとき、教会の庭から拍手と歓声、そして、クラッカーの打ち鳴らされる音が聞こえた。
 何事……?――と思って建物に近づいてみると、正装した男女の群がる光景が見えた。その中央に、純白のウエディングドレスに身を包んだ花嫁とその肩に手を添えたタキシード姿の男の姿があった。
 「では、みなさん、新郎新婦を取り囲むように、扉の前にお集まりください」
 甲高い女性の声が聞こえた。
 「前列の方、少し腰を沈めて屈んでくださいますか? 両端の方、もう少し中央に寄ってください。ハイ、いいですよ。それでは、みなさん、最高の笑顔でお願いしますね」
 その声も、姿も、とても教会関係者とは思えない。もしかして、ブライダル産業のコーディネーター?
 「チッ……」
 横で、父が小さく舌を鳴らす音が聞こえた。

        

 「もしかして、身売りしちゃったのかな、教会?」
 恐る恐る父の顔を見ると、その顔は、ちょっと寂しそうに曇っていた。
 「ここも、世俗化しちまったか……」
 「世俗化」とは、教会が単なる文化施設となって、セレモニーなどの営利事業を手がけるようになることだ――と、父は言う。仏教が「葬式仏教」となって堕落したように、教会の「世俗化」は、教会を堕落させる。
 父と母が、「キリスト者」として悩み、苦しみながら青春期を過ごした、その舞台となった教会が、「セレモニー施設」として堕落していくことに、父は、「失望」しているように見えた。

 父は、高校生のときに通っていた教会で洗礼を受けて、クリスチャンになった。
 母は、進学したミッション系の女子大学で教会に通うようになり、そこで出会った落合牧師の影響を受けて、クリスチャンになった。
 父も母もクリスチャンなのに、私はそうじゃない。
 ふつう、クリスチャンの両親から生まれた子どもは、幼いうちに洗礼を受けて、クリスチャンになるはず――と思っていたので、それが不思議だった。
 ずっと訊けなかったその質問を、嫁に行く前に訊いておきたい、と思った。
 「ね、お父さんたちは、どうして、私をクリスチャンにしなかったの?」
 教会の「世俗化」を嘆いていた父は、「は……?」という顔をした。
 「おまえも、バカなことを訊くねェ」
 「バカなこと……? それって、バカなことなの?」
 「そりゃそうだよ。クリスチャンになるかどうかは、おまえが自分で決めることじゃないの? 父さんたちが、おまえ、クリスチャンになれ――と押しつけることじゃないだろう?」
 「でも、幼児洗礼とかもあるでしょ?」
 「カトリックではやるけど、プロテスタントでは、否定している教派と受け入れている教派がある。父さんの教団も、母さんの教団も、幼児洗礼は否定してるからね。たとえ、教団が受け入れると言っても、父さんも、母さんも、それはやらなかっただろうね」
 「どうして?」
 「おまえが、どんな思想や信仰を持つかは、おまえ自身が自分で選び取るべき問題だ――と、思ったからだよ」
 フーン……と私は思った。
 そういう両親に育てられたから、お陰さまで私は、リベラルな考え方を身に着けたわけね。それは、ありがたいことでもあった。でも、親が決めていてくれたらなぁ――という思いも、どこかに少しはあった。

        

 「希里、自由でいるということは、不自由でもあるんだよ」
 「エッ……?」
 「ときに人は、その自由から逃げ出したくなる。考えることにも、選ぶ取ることにも、責任が伴う。その責任から逃れたくなるんだよね、人間は。だれかに決めてくれよォ~と言いたくなることもある。でも、おまえはそうしなかった。それを、母さんも喜んでたんだよ。父さんも、そんなおまえを誇りに思ってる」
 なんか、ちょっと……目の奥がしょっぱくなった。
 そういう父たちの信仰の舞台でもあった教会で、いまは、自由から逃げ出した男女たちが、お仕着せのセレモニーにはまってはしゃいでいる。たぶん、父には、それが悔しいのだろう――と想像した。
 「でもな……」と、父が目を細めて言った。
 「父さんたちは、おまえにキリスト教を押し付けはしなかった。でも、おまえは、私たちを通して、十分に、聖書的な価値観を学んでくれた――と信じてる。父さんには、それで十分。安心して、おまえを送り出すことができる」
 ウンウン……とうなずきながら、父の目も潤っているように見えた。その父が、思いもしない言葉を口にした。
 「父さんと母さんが、初めて結ばれたのも、この教会だったんだよ」
 「エ―ッ!」と思わず声を挙げた。
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