ローズマリーの詩〈35〉 キミよ、死ぬな!

コーヒーと女おじが聡史に発した「死ぬなよ」の言葉。
それは、青銅の価値を知る男と男の誓いだった。


聡史のリクエストに応えて、おじはあの曲を歌った。
「七つの水仙」。歌い終えたおじが、静かに言った。
「聡史クン、死ぬなよ」。その言葉を、聡史は、
背中を伸ばしてゴクンと呑み込んだ……。



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第35章 
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この話は連載35回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 離れのおじの部屋から聞こえてくる『スカボロー・フェア』という曲。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。おじは、その歌を歌いながら、かつての恋人に想いを馳せているように見えた。私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、その結婚をドタキャンした。そんな私とおじは、母には「我が家の厄介者」だった。そのおじを古い友人が訪ねてきて、「こないだ、彼女に会ったゾ」と口にした。おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。その人・真坂千里さんの店を、私は訪ねてみた。店名は「千の丘」。『七つの水仙』という曲からとったという。その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、おじだった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国するという。5年ぶりに会った聡史は、精悍さを失ったように見えた。銃撃にすくんだ自分は、「もう、アフリカには戻れないかもしれない」と言う。沈み込む聡史に、私は「お帰りなさい」のキスをした。おじも、千里さんと再会したいと思うだろうか? 私は、おじに食べさせたガーリック・トーストが千里さんが焼いたパンであることを告白し、千里さんがいまもひとりでいることを伝えた。千里さんにも、「私は、牧原哲司の姪なんです」と告白した。私の告白に目を丸くした千里さんだったが、おじが後悔していることを告げると、「残念ながら、彼と別れた理由は、あなたのおじさんが想像しているようなものじゃない」と言った。なぜ、ふたりは別れてしまったのか? 理由を問う私に、千里さんの重い口が開かれた。「あの人、子どもは嫌いだ――って言ったのよ」。そんな私の目に一体のオブジェが留まった。幼子イエスを抱く聖母子のオブジェ。そこに秘められた千里さんの想いを想像していると、聡史から電話が入った。通信社への就職が決まり、アフリカに派遣されることになった、というのだった。「ついて来てほしい」とは言われなかった。その代わり、「待っていてほしい」と言われた。おじによると、それは「立派にプロポーズだ」と言う。年が明けた日曜日、私はおじをちょっと遠い散歩に誘った。行先は、「千の丘」。40年ぶりに再会したふたりはワインで乾杯し、おたがいの現況を語り合った。一方、聡史のアフリカ行きが迫る中、私には気になることがあった。生理が遅れていた。病院で診てもらうと、「妊娠」だった。聡史に告げようか、それとも……。私の心の迷いを見抜いた千里さんは、私を自分の部屋に誘った。いつか見た聖母子像を私の目の前に置いて、千里さんは告白した。「この子、私とあなたのおじさんの子になるはずだったの」。それは、だれにも明かさなかった千里さんの「罪」。その罪ゆえに、千里さんは、おじの元を去ったのだった。「あなたに同じ過ちを犯してほしくない」と千里さんは言う。私は意を決して、聡史に妊娠を告げた。聡史は「いますぐ、結婚しよう」と言う。親にその話をすると、母は「そんな結婚は認めない」と、目を吊り上げた。そのときだった。「いい加減にしろ! それでも人の親か!」と、おじの大音声が響き渡った。そのおじが、家を出ると言う。てっきり、千里さんと暮らすのかと思ったら、千里さんは、私とルームメートになってもいいと言っているという。私は、聡史とおじを連れて、「千の丘」を訪ねてみることにした。おじと聡史は、たちまち意気投合し、「オイ、聡史」「オヤジ」と呼び合う関係になった。その聡史が、おじに突然、言い出した。「あの歌を聞かせてくださいよ」。リクエストは『七つの水仙』だった――。




 千里さんの「千の丘」には、ギターなんてものはない。
 どうするんだろう――と見ると、おじは、手にしたワイングラスの赤い液体をゆらゆらと揺らして、その色を確かめているように見えた。
 歌う気ないんだ……。
 私も、たぶん千里さんも、そう思っていた。
 でも、違った。
 おじがワイングラスを揺らしていたのは、ワインの色を確かめるためではなかった。赤い液体を揺らしながら、おじはそれをメトロノーム代わりにテンポをとっているのだった。その揺れに、おじの声がシンクロした。
 「アイ・ハヴント・エニィ・マンション(ボクには豪華な家屋敷もない)……」
 土曜日の午後、他に客もいない「千の丘」のカフェに、おじの静かな詠唱が響き渡った。
 歌……というより、詩を吟じているようなアカペラ。
 聡史は、テーブルの上に両肘をつき、組み合わせた手の上にあごを載せて、その詩に耳を傾けた。
 「アイ・ハヴント・エニィ・ランド(ボクには土地もない)……」
 私は、両手を頬に当てて、聡史が向かう広大なアフリカの大地を思った。
 「ノット・イーブン・ア・ペイパー・ダラー・トゥ・クリンクル・イン・マイ・ハンド(手に握り締めてシワシワにする1ドル札さえない)……」
 千里さんは、胸の下で両腕を組み合わせて、静かに目を閉じていた。
 「バット・アイ・キャン・ショウ・ユー・モーニング・オン・ア・サウザンド・ヒルズ(でも、ボクはキミに見せてあげることができる。千の丘にやってくる朝を)……」
 みんなの目が、そこに「千の丘の朝」を探すような、遙かな視線になった。
 「アイ・キス・ユー、アンド・ギブ・ユー・セブン・ダファディル(キミにキスをして、そして七つの水仙をあげよう)……」
 千里さんは、おじのキスと七つの水仙を受け取っただろうか――と思った。
 その目が、わずかに潤んでいるように見えた。
 そのとき、客が店に入って来て、千里さんは、少しあわてて目頭を指先で拭い、席を離れた。

        

 「そうかぁ……この歌を千里さんに……」
 聡史はひとり言のようにそう言って、おじの顔を見た。
 おじは、しばらくワイングラスの中で揺れる赤い液体を見つめていたが、その口がポツリと開かれた。
 「聡史クン……」
 「ハイ……」
 「沙世をよろしく頼む」
 珍しく神妙な、おじの声だった。その声に、聡史の背中がピンと伸びた。
 「七つの水仙を見せられるようにガンバります」
 「ウン……」
 おじは手にしたワイングラスを聡史のほうに差し出し、聡史も自分のグラスをおじのほうに差しだして、2つのグラスがカチン――と、小さな音を立てた。
 しばらく、迷っていたふうだったが、再び、おじが閉じていた口を開いた。
 「聡史クン……」
 そう言って聡史を見たおじの目に、怖いほどの鋭い、しかし、それまで見たこともないやさしい光が宿っていた。
 「死ぬなよ……」
 聡史のこめかみが、きりりと引き締まった。
 「ハイ」
 聡史はおじの言葉に深くうなずいた。うなずきながら、ゴクリ……と、おじの言葉を胸の奥深くに呑み込んだ。
 その短い言葉のやりとりは、私には立ち入ることのできない世界だった。おじと聡史は、男と男として理解を深め合ったのだ――と、私には感じられた。

        

 しばらく、おじの言葉を噛みしめていた聡史だったが、「ところで……」と、聡史はおじの顔をのぞき込んだ。
 「オヤジは、もう見せたんですか?」
 「何を……?」
 「七つの水仙を、千里さんに?」
 「若い頃に……ね。自分では見せたつもりなんだけど、沙世に言わせると、見せ方が足りなかったんだそうだよ」
 「そうなの?」
 今度は、私の顔をのぞき込む。
 「全然……」
 「エーッ、全然なの?」
 「女の子からすると、とても見せられたとは思えないような見せ方だったんじゃないの? そうよね、おじさん。それを反省してるんでしょ?」
 「きついねェ、沙世ちゃんは……」
 言いながら、おじは頭をかいた。
 「きついの、沙世は?」と、聡史が私の顔をのざき見る。
 横から、おじが口を挟んだ。
 「覚悟しとけよ、聡史クン。この子、ときどき、鋭いことを言うから」
 そこへ、千里さんが戻って来て、「何がきついの?」と首をかしげた。
 「あ、いや……千里さんはもう、七つの水仙を見せてもらったのかな……って思って」
 「この人に……?」
 そう言って、千里さんはおじに視線を投げかけた。
 「ハイ。牧原哲司さんに」
 「そうね。何度も……」
 「エッ、何度もですか?」
 「ええ。何度も見せてくれようとしたし、これからも見せてくれようとするだろうと思うわ。私には、それで十分……」
 千里さんは、おじの気持ちを受け取っているんだ――と思って、体の奥がじんわり温かくなった。
 聡史はひと言、「すげェ」とだけ言った。
 ⇒続きを読む

 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      




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