ローズマリーの詩〈34〉 「七つの水仙」をもう一度

コーヒーと女「あの歌を聞かせてほしい」
カレがおじにリクエストしたのは、『七つの水仙』だった。


私はおじと聡史を会わせ、「千の丘」に向かった。
意気投合したふたりは、「聡史」「オヤジ」と
呼び合う仲になり、聡史が突然、言い出した。
「あの歌、ボクにも聞かせてくださいよ」――。 


 小説/ローズマリーの詩 ――― 第34章 
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この話は連載34回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 離れのおじの部屋から聞こえてくる『スカボロー・フェア』という曲。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。おじは、その歌を歌いながら、かつての恋人に想いを馳せているように見えた。私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、その結婚をドタキャンした。そんな私とおじは、母には「我が家の厄介者」だった。そのおじを古い友人が訪ねてきて、「こないだ、彼女に会ったゾ」と口にした。おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。その人・真坂千里さんの店を、私はのぞきに行った。店名は「千の丘」。『七つの水仙』という曲からとったという。その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、おじだった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国するという。5年ぶりに会った聡史は、精悍さを失ったように見えた。銃撃にすくんだ自分は、「もう、アフリカには戻れないかもしれない」と言う。沈み込む聡史に、私は「お帰りなさい」のキスをした。おじも、千里さんと再会したいと思うだろうか? 私は、おじに食べさせたパンが千里さんが焼いたパンであることを告白し、千里さんがいまもひとりでいることを伝えた。千里さんにも、「私は、牧原哲司の姪なんです」と告白した。私の告白に目を丸くした千里さんだったが、おじが後悔していることを告げると、「残念ながら、彼と別れた理由は、あなたのおじさんが想像しているようなものじゃない」と言った。そんなある日、私は千里さんから「家に来ない?」とお誘いを受けた。なぜ、ふたりは別れてしまったのか? 理由を問う私に、千里さんの重い口が開かれた。「あの人、子どもは嫌いだ――って言ったのよ」。そんな私の目に一体のオブジェが留まった。幼子イエスを抱く聖母子のオブジェ。そこに秘められた千里さんの想いを想像していると、聡史から電話が入った。通信社への就職が決まり、アフリカに派遣されることになった、というのだった。「ついて来てほしい」とは言われなかった。その代わり、「待っていてほしい」と言われた。おじによると、それは「立派にプロポーズだ」と言う。年が明けた日曜日、私はおじをちょっと遠い散歩に誘った。行先が千里さんの「千の丘」と知って、おじの足は止まったが、私はその背中を押した。40年ぶりに再会したふたりはワインで乾杯し、おたがいの現況を語り合った。温かい空気が、ふたりの間に生まれたような気がした。そんな中で迫る聡史のアフリカ行き。しかし、私には気になることがあった。生理が遅れていた。病院で診てもらうと、「妊娠」だった。聡史に告げようか、それとも……。私の心の迷いを見抜いた千里さんは、私を自分の部屋に誘った。いつか見た聖母子像を私の目の前に置いて、千里さんは言った。「この子、私とあなたのおじさんの子になるはずだったの」。それは、だれにも明かさなかった千里さんの「罪」。その罪ゆえに、千里さんは、おじの元を去ったのだった。「あなたに同じ過ちを犯してほしくない」と千里さんは言う。私は意を決して、聡史に妊娠を告白した。聡史は「いますぐ、結婚しよう」と言う。親にその話をすると、母は「そんな結婚は認めない」と、目を吊り上げた。そのときだった。「いい加減にしろ! それでも人の親か!」と、おじの大音声が響き渡った。そのおじが、家を出ると言う。てっきり、千里さんと暮らすのかと思ったら、千里さんは、私とルームメートになってもいいと言っているという。私は、聡史とおじを連れて、「千の丘」を訪ねてみることにした――。




 母は、なかなか聡史と会おうとしない。
 仕方ない――と、私は思った。
 あの人には、自分が「これが正しい」と思ったレールの上を歩く人生しか、想像ができないのに違いない。そのレールを踏み外そうとしている私も、踏み外してきたおじも、自分の予定を狂わせてしまう厄介な存在でしかないのだろう。
 しかし、どんなに厄介だと思われても、もう、私の決心は変わらない。
 そうだ、先に「千の丘」に行こう。おじも連れて――。

 「ねェ、おじさん」と、次の週、おじに声をかけた。
 3月に入ったばかりの、よく晴れた土曜日だった。
 「わたしたち、きょう、『千の丘』に行ってみようかと思ってるんだけど……」
 おじは、キョトンとしていた。「わたしたち……?」と、顔に書いてあった。
 それって、オレとキミかい――と、自分の顔と私の顔を指で指すので、私は笑いながら、「ウウン」と首を振った。
 「エッ!?」という顔をしたおじに、「わたしと聡史」と言うと、おじは、「オーッ!」という形に口を開けた。
 「それでね……できれば、おじさんにも一緒に来てもらおうかと思って……」
 おじは、「伏せ」を解かれた犬のように尻尾を振りながら、「いいね。行く、行く」と顔をほころばせた。

        

 聡史とは、駅の改札での待ち合わせだった。
 私とおじの姿を見つけると、聡史は「どうも」というふうに頭を下げた。おじは、それを見て「やぁ、やぁ」と手を振ったと思うと、次の瞬間には、私の想像もしなかった行動をとった。
 つかつかと聡史のもとへ歩み寄ったおじは、いきなりその手をとって、それを二度、三度と大きく振り、もう一方の手で肩をポンポンと叩いて言った。
 「やぁ、沙世からいろいろお話を聞いてますよ。キミがうわさの青銅の騎士クンですね。どうですか? 足のほうの痛みは?」
 「まだ、ムリをすると少し痛みますが、もう大丈夫ッす」
 「エジプトだってねェ?」
 「ハイ。カイロ支局です」
 「カイロかぁ……。むずかしい土地だねェ」
 「ハァ……」
 「スエズ動乱の昔から、あそこは、西欧型民主主義を求めるリベラルな勢力と社会主義型による建設を目指す勢力とイスラム原理主義に根差そうとするグループが、3つどもえになって争いを繰り広げてきたからねェ」
 私をほったらかして、おじは聡史と時事放談でも始めかねない勢いだ。
 「ちょっと……おじさん。いきなり、そんなむずかしい話を始めないでよ」
 私が抗議すると、おじは「あ、すまんすまん」と言って、あらためて聡史に向かい合った。
 「あいさつが後になっちまって申し訳ない。この子のおじの牧原哲司です。このたびは、姪の沙世がお世話になります」
 「鳴尾聡史です。こちらこそ、お世話になります」
 やっと、ふつうのあいさつになった――と思ったら、今度は聡史が、口火を切った。
 「きょうお邪魔する『千の丘』というお店、おじさんの昔の彼女のお店なんですってね? おふたりは、学生時代からのおつき合いだったんでしょう?」
 それで今度は、おじの青銅時代の話が始まった。
 電車に乗っている間じゅう、おじと聡史は、思想がどうの、社会がどうの、世界はどう動くべきかだのという話に夢中になって、私は置いてけぼりを食らった。
 しかし、それはどこかうれしくもあった。少なくとも、私の身内の中で、おじと聡史だけは、どこか気脈が通じるところがあるらしい。それを感じたことが、心強くもあった。

        

 「まァ、きょうは、大勢で……」
 「千の丘」に着くと、千里さんが、顔をほころばせて出迎えてくれた。
 聡史を連れて行くことは、前もって連絡してあったが、そこへおまけのおじがついて来ることまでは、知らせてなかった。
 「きょうは沙世ちゃんのお守り役?」
 「いや、そういうわけじゃなくて、実は、この青年と会いたかったんだ」
 「それで? ご感想は?」
 「それがさぁ、思った以上にいいやつなんだ、こいつ」
 「こいつ――ってことはないでしょう、いくらおじさんでも」
 私が抗議するのを、聡史が止めた。
 「オレ、こいつとか言われたほうがうれしいから」
 「もうお友だちモードになっちゃったのね?」
 千里さんに指摘されて、おじも聡史もうなずき合った。
 「気をつけたほうがいいわよ。このおじさん、すぐ、人を自分の思想に染めようとするから。でも、もしかしたら、あれかな。昔の自分に会ったような気がした――とか?」
 千里さんがおじの顔を見て、からかうように言う。おじは、「いやいや」と首を振った。
 「ボクは口ばっかりで、彼みたいな行動力、なかったから」
 「あら、そぉ……?」
 ふたりのやりとりを面白そうに眺めていた聡史が、「あ、申し遅れましたが……」と、自己紹介して、千里さんもあらたまって「真坂千里です」と頭を下げた。
 「沙世さんから、いろいろお話を聞いてます。どんな青年なのか、会うのを楽しみにしていたのよ」
 ふたりに会わせたら、聡史をきちんと紹介して――と思っていた私の計画は、まったく出る幕なしだった。もしかしたら、この3人には、共通する何かがあるのかもしれないと感じられた。

        

 「きょうは貸切にしてあるから」というカフェで、私たちは土曜日の午後を過ごすことにした。
 千里さんは、私たちのために赤ワインの封を切り、自慢のブルスケッタや、チーズを載せたパンなどを、次々にテーブルに並べてくれた。
 それは、心なごむ午後のひとときだった。
 ワインに顔を赤らめたおじは、何かにつけて「聡史クン」「聡史クン」と呼び、そのうち、「オイ、聡史」と呼ぶようになった。聡史も、最初は「おじさん」と呼んでいたのが、いつの間にか「オヤジさん」と呼ぶようになった。
 聡史は、おじと千里さんが過ごした時代に興味があるように見えた。
 「オヤジさんたちの時代は……」と何かと聞き出したがる聡史に、おじはていねいに、しかし、ちょっぴり苦々しい表情を浮かべながら、自分たちの「青銅時代」を語った。聡史は、「ヘェ」「フーン」と感心しながら、その話を聞いている。
 そういう話になると、私はちょっぴり蚊帳の外になる。
 そのとき、突然、聡史が言い出した。
 「オヤジさん、聞かせてくださいよ」
 「エッ、ナニを?」
 「オヤジさんが千里さんに歌って聞かせた『七つの水仙』を」
 「エーッ!?」
 おじの目が点になり、千里さんも「もォ、止めてよ」という顔をした。
 しかし、その顔が、まるっきりいやがっている――というふうでもなかった。
 ⇒続きを読む

 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      




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