ローズマリーの詩〈32〉 「結婚宣言」と「家出宣言」

コーヒーと女「いい加減にしろ! それでも親か!」
おじの大音声に、母の顔は凍りついた。


妊娠を告げると、聡史は「いますぐ結婚しよう」と
言い、親にあいさつにいきたい――と言う。
しかし、母は「そんな結婚は認めない」と首を振った。
「いい加減にしろ!」――おじの大声が響き渡った…。



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第32章 
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この話は連載32回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 離れのおじの部屋から聞こえてくる『スカボロー・フェア』という曲。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。おじは、その歌を歌いながら、かつての恋人に想いを馳せているように見えた。私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、その結婚をドタキャンした。そんな私とおじは、母には「我が家の厄介者」だった。そのおじを、ある日、尾崎さんという古い友人が訪ねてきて、「こないだ、彼女に会ったゾ」と口にした。おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。その人・真坂千里さんの店を、私はのぞきに行った。店名は「千の丘」。『七つの水仙』という曲からとったという。その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、どうやら、おじらしかった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国するという。5年ぶりに会った聡史は、精悍さを失ったように見えた。銃撃にすくんだ自分は、「もう、アフリカには戻れないかもしれない」と言う。沈み込む聡史に、私は「お帰りなさい」のキスをした。おじも、千里さんと再会したいと思うだろうか? 私は、おじに食べさせたパンが千里さんが焼いたパンであることを告白し、千里さんがいまもひとりでいることを伝えた。千里さんにも、「私は、牧原哲司の姪なんです」と告白した。私の告白に目を丸くした千里さんだったが、おじが後悔していることを告げると、「残念ながら、彼と別れた理由は、あなたのおじさんが想像しているようなものじゃない」と言った。そんなある日、私は千里さんから「家に来ない?」とお誘いを受けた。なぜ、ふたりは別れてしまったのか? 理由を問う私に、千里さんの重い口が開かれた。「あの人、子どもは嫌いだ――って言ったのよ」。そんな私の目に一体のオブジェが留まった。幼子イエスを抱く聖母子のオブジェ。そこに秘められた千里さんの想いを想像していると、聡史から電話が入った。通信社への就職が決まり、アフリカに派遣されることになった、というのだった。「ついて来てほしい」とは言われなかった。その代わり、「待っていてほしい」と言われた。おじによると、それは「立派にプロポーズだ」と言う。年が明けた日曜日、私はおじをちょっと遠い散歩に誘った。行先が千里さんの「千の丘」と知って、おじの足は止まったが、私はその背中を押した。40年ぶりに再会したふたりはワインで乾杯し、おたがいの現況を語り合った。温かい空気が、ふたりの間に生まれたような気がした。そんな中で迫る聡史のアフリカ行き。しかし、私には気になることがあった。生理が遅れていた。病院で診てもらうと、「妊娠」だった。聡史に告げようか、それとも……。「変なこと考えてないでしょうね」。私の心の迷いを見抜いた千里さんは、私を自分の部屋に誘った。いつか見た聖母子像を私の目の前に置いて、千里さんは言った。「この子、私とあなたのおじさんの子になるはずだったの」。それは、だれにも明かさなかった千里さんの「罪」。その罪ゆえに、千里さんは、おじの元を去ったのだった――。




 私の目の前には、アフリカ赴任への覚悟と決意を語る鳴尾聡史がいた。
 その目には、かつて熱く理想を語った強い光が戻りつつあるような気がした。
 その光を鈍らせたくない――という思いが、私の胸の中にはあった。
 しかし、これは、告げなくてはいけないこと。千里さんが、悔悟の涙とともに私に伝えてくれたことを、けっしてムダにしてはいけない。
 「あのね……」と、私は口を開いた。
 「わたし、待ってるから。あなたが、真っ黒に日焼けして、アフリカから帰って来るのを……」
 聡史は、うれしそうに「ありがとう」とうなずいた。
 「待ってるのは……わたしひとりじゃないんだ」
 「エッ……?」と、聡史は私の顔をのぞき込んだ。
 「もうひとり、待ってる人がいるの。わたしのここに……」
 そう言って、自分のおなかをそっと、両手で抱えて見せた。
 一瞬、何を言っているのかわからない――という顔をした聡史の目が、「エッ!?」「エーッ!」というふうに、見る見る大きく見開かれ、それから、じんわりと崩れていった。
 崩れていく顔の中で、ふたつの瞳が当惑の色ではなく、喜びの色に満たされていくのを見て、私は、ちょっとホッ……とした。
 「わたし……生むから。生んでもいいでしょ?」
 「当たり前じゃないか」
 怒ったような声で言う。
 「そうか……子どもか……」とつぶやいた聡史が、次に発した言葉に、今度は、私が驚いた。
 「結婚しよう! いますぐ!」
 聡史は、おなかに添えた私の両手をもぎ取ると、それを自分の両手で包み込んで、力強く上下に振った。
 「い、いますぐ……って、そんな……」
 「オレ、4月にはアフリカに行っちゃうんだよ、沙世。キミに父親のいない子どもを生ませるわけにはいかないじゃないか。オレ、きょう、親に言う。そして、キミの親に会う。小さくてもいいから、ふたりだけの結婚式を挙げよう」
 まるで機関砲のように、聡史の口から語られる結婚への道程。矢継ぎ早に繰り出される言葉の銃撃を受けて、私は、撃沈した。
 胸を温かい血でいっぱいに膨らませながら――。

        

 「お父さん、お母さん、そしておじさん。きょうは、大事な話があるの」
 次の日曜日。朝食にみんなが顔を揃えたところで、思いきって切り出した。
 父と母は、「何だよ!?」と、きょとんとした顔をしていた。ひとり、おじだけが、「ハハァ~ン」という顔をして、ニヤついていた。
 「わたし、結婚することにしたの」
 「エーッ!?」と、母がカラスのような声を挙げた。
 「結婚……って、あなた、突然、何を……」
 「決めたんです。ごめんなさい、お父さん、お母さん。わたしのおなかには、もう、赤ちゃんがいるの」
 「何ですって!」
 母は、頭のてっぺんから、キィという声を出して、隣にいる父の顔を見た。父は、ただ唖然として、私の顔と母の顔を交互に見つめたが、何も言えないでいた。
 「わたしは許さないわよ。そんなふしだらな……ああ、もう、あなた、何か言ってよ」
 何か言って――と言われた父親は、うろたえた。やっと発した言葉は、「そ、それで……相手は?」というひと言だけだった。
 「学生時代の先輩だった人。今度、通信社に就職して、春から、エジプトに特派員として行くの。しばらく帰って来れなくなるから、その前に結婚しようって」
 「学生時代の……って、まさか、あの男じゃないでしょうね? ボランティアだとかなんだとか言って、フラフラしてた……」
 「フラフラじゃないわ。命をかけて、アフリカの子どもたちを救おうとガンバってたのよ。現地で負傷して、ボランティアはあきらめたけど、今度は、通信社の特派員として赴任するの。それも、学生時代の活動が評価されたからなのよ」
 「バカ言わないで。特派員だかなんだか知らないけど、アフリカなんかに行って、好き勝手なことをやろうという男に、大事な娘をやるわけにはいきません。言ったでしょ、あなたには、ちゃんとした会社に勤める男と結婚して、ちゃんと生活を設計できる結婚をしてほしい――って」
 そのときだった。
 「いい加減にしろ!」
 バン! とテーブルを叩く音がして、部屋中を震わせる大音声が響き渡った。
 それまで黙っていたおじが、両手をテーブルに突っ張らかして、腰を浮かしていた。

        

 「おまえは、それでも母親か!」
 母をニラみつける目が、どこかの寺院で見た不動明王のように、カッと見開かれていた。その眼光に、一瞬、母がひるんだ。その横で、父親がオロオロとしている。
 「娘が、この人と生涯を共にしたいという男と出会い、心から愛し、その体に新しい命を宿したんだゾ! 母親だったら、何があろうとも、まずそのことを祝福し、おめでとうと体ごと抱きしめて喜ぶ。それが、人間てものだろうが。この子のおなかに宿っているのは、おまえの孫だゾ! それとも、何か? 自分の頭じゃ理解できないような男の子なんて、自分の孫とは認めない。始末しろ――とでも言うつもりか! おまえは、そんな人非人なのか!」
 それまで耳にしたこともない激しい語気。母は唇をワナワナと震わせている。
 言い返せないでいる母親が、急に小さな存在になったように見えた。
 「おじさん、もうそれくらいでいいよ。許してあげて」
 私が諭すように言うと、おじは、立ち上がった腰をやっとイスに沈めた。
 「お母さん、結婚するのは私だから。私は、もう決めたの。カレは、お父さんとお母さんにあいさつに来たいって言ってる。4月に勤務地に赴任するから、その前に結婚しようって言ってくれてるの。でも、お母さんがどうしても認めないって言うんだったら、私は、この家を出て、カレと一緒に暮らすから」
 「おまえ、そ、そんな突然……」
 やっと、父が口を開いたが、そこから先の言葉が続かなかった。
 「エラいじゃないですか。体を張って紛争地に赴くというのに、その前に結婚しよう。きちんと親にあいさつに行きたい――と言ってるんだから。そこらのふにゃふにゃしたサラリーマンより、よっぽど見どころのある男ですよ。会ってみたらどうですか?」
 おじは、オロオロする父を慰めるように言う。そんなおじを、母は横目で見ながら言った。
 「居候が、何をエラそうに……」
 「ああ、そのことだけどね……」と、おじが母の目を見据えて言った。
 「居候呼ばわりされるのも、あんまりいい気分じゃないんでね。オレも、来月、ここは出ていくことに決めたよ」
 「エッ!?」と、母がおじの顔を見た。
 「出ていく――って、どこに行くって言うのよ」
 「どこか、安いアパートでも探すさ。ここは、ちいとばかり、家賃が高すぎるんでね」
 私の結婚話。その副産物のように湧いて出たおじの家出話に、私も「エッ!?」ってなった。
 それって、もしかして――。
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 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      




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