ローズマリーの詩〈27〉 おじさんの蹴りたい背中

コーヒーと女「子どもは嫌い」なんて言われたら、
愛は冷めてしまう。おじにはそれがわかっていなかった。


おじと千里さんが別れた理由は、おじが発したひと言
「子どもは嫌い」だった。それを伝えると、おじは、
「それだけで?」と言う。その背中を蹴りたくなった。
女にとって、その言葉は重いのよ、おじさん――。



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第27章 
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この話は連載27回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 離れのおじの部屋から聞こえてくる『スカボロー・フェア』という曲。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。おじは、その歌を歌いながら、かつての恋人に想いを馳せているように見えた。私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、その結婚をドタキャンした。そんな私とおじは、母には「我が家の厄介者」だった。その厄介者のおじを、ある日、尾崎さんという古い友人が訪ねてきて、「オウ、こないだ、彼女に会ったゾ」と口にした。おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。その人・真坂千里さんの店は、「千の丘」といった。店名は、『七つの水仙』という曲からとったという。その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、どうやら、おじらしかった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国するという。会うべきか、会わざるべきか? 迷っている私をおじのひと言が後押しした。「命短し、恋せよ乙女。後悔するなよ、沙世ちゃん」。千里さんは、こう言った。「会って後悔するかもしれない。会わないと、もっと後悔するかもしれない。私だったら、会って後悔するほうを選ぶ」。私は聡史との再会を決意した。5年ぶりに会った聡史は、精悍さを失ったように見えた。銃撃にすくんだ自分は、「もう、アフリカには戻れないかもしれない」と言う。沈み込む聡史に、私は「お帰りなさい」のキスをした。「もし、千里さんが会いたいって言ったら、おじさんも会う?」。私の質問に、おじは「エッ、どうしてキミが…?」という顔をする。私は、おじに食べさせたパンが千里さんが焼いたパンであることを告白し、千里さんがいまもひとりでいることを伝えた。千里さんにも告白した。「私は、牧原哲司の姪なんです」。私の告白に目を丸くした千里さんだったが、おじが後悔していることを告げると、「残念ながら、彼と別れた理由は、あなたのおじさんが想像しているようなものじゃない」と言った。私と聡史は、会えば体を重ね合う関係になった。しかし、ひとつだけ不安があった。聡史が避妊しないことだった。そんなある日、私は千里さんから「家に来ない?」とお誘いを受けた。「いい肉をもらったから一緒に食べよう」と言うのだった。男の匂いのしない千里さんの部屋。なぜ、ふたりは別れてしまったのか? 理由を問う私に、千里さんの重い口が開かれた。「あの人、子どもは嫌いだ――って言ったのよ」。そんな私の目に一体のオブジェが留まった。幼子イエスを抱く聖母子のオブジェ。そこに秘められた千里さんの想いを想像していると、聡史から電話が入った。「大事な話がある」と言うのだった。聡史は、通信社への就職が決まり、アフリカに派遣されると言う。「ついて来てほしい」とは言われなかった。その代わり、「待っていてほしい」と言われた。それって、プロポーズ?――。




 「そういうおじさんだって……」と言うと、おじは「なんだよ」という顔をした。
 「愛する人に向かって、子どもは嫌いだ――なんて言ったんでしょ?」
 おじは、「何の話?」というふうに、キョトンとしている。
 エーッ!? 思い当たらないの?
 それってひどくない……?
 私は、千里さんのために、おじを糾弾したくなった。
 「千里さん、言ってたよ。おじさんに、子どもは嫌いだ――って言われた。それが、別れた理由だって」
 「エッ、それだけで……?」
 「それだけ――ってことはないでしょ、おじさん?」
 今度は、私が大きな声を挙げた。
 「女にとっては、いちばん大きな問題なのよ、おじさん。女の子って、だれかを好きになったとき、真っ先に考えるのよ。この人の子どもが生みたい――って。ていうか、この人の子どもを生みたいって思える人しか、好きにならないかもしれない。それを『それだけ』? それじゃあ、女はついていけないわ」
 私がまくしたてたので、おじは、ちょっとシュン……ってなったように見えた。
 「ほんとに……そんなこと、言ったのかなぁ……」
 「言ったんじゃないの。だから、いまでも覚えてるんじゃない? 千里さん、言ってたよ。『牧原さんって、子煩悩になりそうだね』って言ったら、即座に『子どもは嫌いだ』って言われたって。なんか、こむずかしい理屈を並べたんでしょ、おじさん?」
 「こむずかしい理屈? そんなもん、並べたかなぁ……?」
 「子どもがいちばん…みたいな顔をして、矛盾に満ちた社会を再生産していくような生き方は、オレには選べない――とかなんとか言ったらしいですよ、この青銅のおっさんは……」
 「一般論としてなら、そういう話をしたかもしれないけど……」
 「女は、一般論としてそんな話はしないものよ、おじさん。そういう話をするときには、いつも、自分の身に起こることとして話してるんだと思う。私だってそうだもん」
 「フム……」と言いながら、おじは、どんぶりに残った汁を飲み干した。
 「青かったからなぁ、あの頃は……」
 あら、ちょっと、反省してる……?
 続けておじが発したひと言は、千里さんにそっくり伝えてあげたいひと言だった。
 「たぶん、自分の子どもだったら、別だろうと思う。彼女とボクの子どもだったら、メチャクチャ溺愛したかもしれないなぁ……」
 「そう言ってあげればよかったじゃない」
 「そこまで図々しくはなかったし……」
 図々しいという問題じゃないと思うんですけど……。
 私が言いかけると、おじは、やれやれというふうに首を振って、どんぶりをシンクに運んだ。
 その背中に、声をかけた。

        

 「私ね、こないだ、千里さんの家に行ったよ」
 「エッ、家にまで行ったの、おまえ……」
 あ、また、「おまえ」って言った――と思った。
 おじは、動揺したり、感情が高ぶったりすると、「キミ」が「おまえ」になる。私が千里さんの家に行った――という事実は、少なくとも、おじに冷静さを失わせるような出来事ではあったらしい。
 「すごく、端正に暮らしてたよ、千里さん。部屋の中でもハーブとか育ててて、なんか……まるで、修道女の部屋みたいだった」
 「修道女の部屋なんか、見たこともないくせに」
 「あ~あ、これだもん。頭、硬いんだから……」
 「な、何だよ、沙世ちゃん。頭、硬いって、そりゃ、髪は薄くなってるけど……」
 「そういうことじゃなくて! 修道女みたい――ってことは、男っ気がないってことだよぉ」
 「オッ。そ、そうか……」
 おじの声が、ちょっとだけ、上ずった。
 わかりやすい人だ。
 「こないだはね、友だちからもらった松阪牛があるからって、女ふたりですき焼き作って食べたんだよ。わたし、思ったんだよね。ああ、ここに、おじさんもいればいいのに――って」
 「ま、それは……その……そういう機会があれば……」
 おじは、少し動揺したようだった。
 その機会を作ってあげるのは、姪である私の仕事かもしれない――と思った。

        

 やがて、仕事は年末年始の休みに入った。
 そういう時期になると、うちの母は、やたら張り切り始める。もしかしたら、一年でいちばん、生き生きとするのが、この時期かもしれない。
 「あんたは、ふだん、家のことは何もやらないんだから」と、家中の窓ガラスをピカピカに磨くことと、トイレとバスルームの大掃除を命じられた。
 「居候もちゃんと働きなさいよ」と、おじは、庭の掃除と、キッチンの油汚れの掃除を言いつけられた。「居候じゃないでしょ。家賃も食費も取ってるでしょ」と私が抗議すると、母はいつもの口調で、「暖かい家庭の雰囲気を味わわせてあげてるんだから」と、根拠のない主張を繰り返す。
 「お兄ちゃんが炒め物ばっかり作るから、換気扇も、キッチンの壁も、油でベタベタじゃない。きれいに落としてよね」
 その炒め物の恩恵にいちばん預かっているのは、父と母なのに――と思うのだが、おじは、「オウ、ピカピカに磨いてやるか」と、意に介さないという姿勢だ。
 大掃除が片づくと、正月の食材を母と私とおじで買い出しに行く。
 母は、どちらかと言うと出来合いの食品を買おうとする。それに、おじが「待った」をかける。
 刺身の盛り合わせパックをカートに入れようとする母に、「そんなの買っても、日持ちしないし、高いだけだから」と、おじは、タイとイナダ(ブリの幼魚)を丸ごと一尾、カートに入れる。
 母が「味付け数の子」を買おうとすると、「そんなのうまくないから」と「塩数の子」に変えさせる。
 もちろん、タイやイナダをさばいて下すのも、数の子を塩抜きして漬け込むのも、おじの仕事になる。母は魚に触れない女だった。
 大掃除が終わった後のわが家のキッチンを、母と私とおじで場所を奪い合うようにして、それぞれの担当するお節の準備にとりかかる。
 黒豆を煮るのと、筑前煮を作るのは、母の領分。私は、なますを作ったり、ホウレンソウののり巻きを作ったり――と、もっぱら、生野菜を担当する。
 その横で、おじは塩数の子を塩抜きしたり、タイとイナダを下ろしたり――と、もっぱら鮮魚担当を務める。
 父は、手持ち無沙汰な様子で、ひとり、年末のテレビに見入っている。
 おじが、家の離れに住み着くようになってから、これが二度目のお正月。
 今頃、千里さんは、どうしているだろう――と、私は、ふと思った。
 年末ぎりぎりまで、パンを焼いているんだろうか?
 正月になったら、おじを連れて草野駅まで行ってみようか――と思った。
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 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      




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