ローズマリーの詩〈26〉 それって、プロポーズ?

コーヒーと女カレが帰って来る場所になってあげる。
それが、私のカレへの「愛の形」だった。


聡史の通信社への就職が決まった。春から、
アフリカに特派員として派遣されることになると言う。
「ついて来てくれ」とは言わなかった。しかし、
「待っててくれるか?」と言う。それってプロポーズ…?



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第26章 
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ここまでのあらすじ 離れのおじの部屋から聞こえてくる『スカボロー・フェア』という曲。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。おじは、その歌を歌いながら、かつての恋人に想いを馳せているように見えた。私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、その結婚をドタキャンした。そんな私とおじは、母には「我が家の厄介者」だった。その厄介者のおじを、ある日、尾崎さんという古い友人が訪ねてきて、「オウ、こないだ、彼女に会ったゾ」と口にした。おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。その人・真坂千里さんの店は、「千の丘」といった。店名は、『七つの水仙』という曲からとったという。その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、どうやら、おじらしかった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国するという。会うべきか、会わざるべきか? 迷っている私をおじのひと言が後押しした。「命短し、恋せよ乙女。後悔するなよ、沙世ちゃん」。千里さんは、こう言った。「会って後悔するかもしれない。会わないと、もっと後悔するかもしれない。私だったら、会って後悔するほうを選ぶ」。私は聡史との再会を決意した。5年ぶりに会った聡史は、精悍さを失ったように見えた。銃撃にすくんだ自分は、「もう、アフリカには戻れないかもしれない」と言う。沈み込む聡史に、私は「お帰りなさい」のキスをした。「もし、千里さんが会いたいって言ったら、おじさんも会う?」。私の質問に、おじは「エッ、どうしてキミが…?」という顔をする。私は、おじに食べさせたパンが千里さんが焼いたパンであることを告白し、千里さんがいまもひとりでいることを伝えた。千里さんにも告白した。「私は、牧原哲司の姪なんです」。私の告白に目を丸くした千里さんだったが、おじが後悔していることを告げると、「残念ながら、彼と別れた理由は、あなたのおじさんが想像しているようなものじゃない」と言った。私と聡史は、会えば体を重ね合う関係になった。しかし、ひとつだけ不安があった。聡史が避妊しないことだった。そんなある日、私は千里さんから「家に来ない?」とお誘いを受けた。「いい肉をもらったから一緒に食べよう」と言うのだった。男の匂いのしない千里さんの部屋。なぜ、ふたりは別れてしまったのか? 理由を問う私に、千里さんの重い口が開かれた。「あの人、子どもは嫌いだ――って言ったのよ」。そんな私の目に一体のオブジェが留まった。幼子イエスを抱く聖母子のオブジェ。そこに秘められた千里さんの想いを想像していると、聡史から電話が入った。「大事な話がある」と言うのだった――。




 「就職、決まったんだ……」
 スタバで向かい合うなり、聡史が切り出した。
 あまり、うれしそう――というのでもない。
 その理由は、すぐにわかった。
 「小さな通信社なんだけど、海外特派員を募集しててさ。先方は、オレのアフリカでの活動経験がいたく気に入ったみたいで……」
 「もしかして……アフリカ駐在になっちゃう……?」
 きっと、私、不安そうな顔で訊いたんだと思う。
 鳴尾聡史は、神妙な顔でうなずき、眉を八の字に上げて私の顔を見上げると、「でも……」と、小さな声で続けた。
 「心配しなくていいよ。ついて来てくれ――なんて、言わないから」
 「青銅の騎士」の口調からは、かつて私に、「一緒にアフリカに行かないか」と呼びかけた力強さは消えていた。
 ちょっと、弱気になった……?
 それとも、やさしくなった……?
 なんだ、誘ってくれないんだ――と、少しがっかりし、でも、どこかでほっとした。もし、「一緒に行かないか?」と言われても、いまの私には即答できないだろう、と思った。
 「でも、特派員だからね。特定の取材任務を終えると、日本に帰ってきたり、また別の任務地に向かわされたりする。どこかの国にどっぷり居座るというわけでもないみたいなんだ」
 「そうなんだぁ……。じゃ、そういう人たちの家族は、どうしてるの?」
 「基本、日本で帰りを待ってるらしいよ」
 「基本」はどうでもいいからさ――と思っていると、聡史は、いきなり私の手に自分の手を重ねてきた。
 「待っててくれる?」
 「エッ……?」と、思わず、顔を見返した。
 それって、もしかして、プロポーズ……?
 私は、たぶん、怖い顔で聡史の目をのぞき込んでいたんだと思う。
 「あ、いや……」
 聡史は、頭のてっぺんをゴシゴシと掻きながら言った。
 「日本に帰って来るときに、オレが真っ先に会いたいって思うのは、きっと沙世だと思うんだ。そういう人として、オレを待っててくれるとうれしいと思ってさ」
 ちょっと照れながら発した聡史の言葉は、私が想像した言葉とはちょっと違った。でも、うれしかった。
 私の手に重なった聡史の手の上に、もう一方の手を重ねて、「ウン……」とうなずいた。
 聡史は私の手をつかんで「行こう」と手を引いた。
 その夜、聡史は、私の体をすみからすみまで、唾液でベタベタになるまでなめ尽くし、熱くたぎったペニスを私の体の奥深くに突き刺してきた。
 「沙世の体を、全部、頭の中に刻み込んでおきたい」
 そう言いいながら、聡史はいつになく大きく腰を動かした。
 波のように押し寄せてくる聡史の動きは、私の体を木の葉のように揺さぶってくる。その波に身を任せる心地よさ。私は落とされないように聡史の背中にしがみつき、頭を真っ白にしながら駆け上がってくる快感に身を委ねて、そして、果てた。

        

 家に帰り着くと、もう夜の11時を回っていた。
 父も、母も、2階に引き上げていたが、キッチンではおじが何かを作っていた。
 「お帰り。ハラ減ってないかい、沙世ちゃん?」
 いきなり訊かれて、そう言えば――って思った。
 ろくろく食べもしないで、エッチに励んだ。ほんとは腹ペコなんだ――ということに、そのとき初めて気がついた。
 「ウン、腹ペコ」と答えると、おじは、そうだろう、そうだろう……という顔をした。
 「愛は、ハラが減るからなぁ……」などと、わけのわからないことをつぷやきながら、ネギを切っている。
 「何を作ってるの?」
 「鶏南蛮うどん。食べるかい?」
 「食べる」
 おじは、「よし! 鶏なん、一人前追加!」と自分で自分にかけ声をかけて、冷蔵庫から鶏肉を取り出した。
 おじはいつも、鶏もも肉を塊のまま買ってくる。そのほうが、皮がたっぷりついているから、というのが理由だった。
 おじに言わせると、鶏肉は、皮がいちばんうまいのだそうだ。
 皮つきのままの鶏肉を細片に切り分けると、それに下味をつけて片栗粉をまぶし、フライパンで両面を焼き固めてから、鍋に沸かしておいたつゆの中に入れ、そこに斜め切りにしたネギを加えていく。別の鍋では、めんがちょうどいい硬さにゆであがっている。
 「ヘーッ、鶏肉は、いっぺん炒めちゃうのね?」
 「ウン。表面を焼き固めておいたほうが、うまみが中に閉じ込められるからね」
 「片栗粉をまぶすのは?」
 「焼き縮みを防ぐのと、あと、口にしたときの口当たりがツルッとして、食感がよくなる」
 おじは、ゆであがっためんを湯切りしてどんぶりに取り分けると、鶏肉とネギの入ったつゆに、最後に、鶏肉にまぶした片栗粉の残りを水で溶いて回し入れ、火を止めて、めんの上にかけ、そこへユズの皮を刻んだものをトッピングする。
 「ヘイ、お待ち」
 テーブルの上に出された「哲司風鶏南蛮うどん」からは、ユズの皮の香りと、ネギと鶏肉の香り、それに、ほんのり、シイタケの香りが立ち上っている。
 まず、ひと口、つゆをすすってみた。
 何ていう、豊かな味。そして、何という芳醇な香り。
 「ねェ、おじさん。このつゆは、どこのつゆを使ったの?」
 「どこの……?」
 おじは、あきれた――という顔で私を見て、それから目の前で指をワイパーのように動かした。
 「どこのも使ってなんかいません。味つけは、酒とみりんと塩としょうゆだけだよ」
 「じゃ、だしは?」
 「それは秘密……」
 「エーッ!?」
 「でも、特別に教えとくか。将来、沙世ちゃんが、例の青銅の騎士ちゃんに食べさせてあげられるように」
 エーッと、思った。
 もしかして、おじは、私と聡史の間に起こっていることを見抜いているんだろうか……?
 「いいかい? このだしのベースは煮干しと昆布。どっちもひと晩、水に浸しておいたものを使う。それに、シイタケのもどし汁をちょっぴり。以上」
 「ヘーッ、みんな水出しなんだ?」
 「ウン、煮たててとるよりも、じんわり水出ししたほうが、濃厚でなおかつマイルドなだしが取れるんだよね。前の晩から水に浸しておくだけでいいんだから、手間もかからないでしょ?」
 「フーン」とうなずきながら、私は思った。
 いつか、そうしてとっただしで、聡史にうどんを食べさせる日がやって来るのだろうか――?

        

 おじの特製・鶏南蛮うどんは、ほんとにうまい――と感じた。
 「おじさん、これ、おいしい!」
 そう言って食べている私を、うれしそうに眺めていたおじが、ニヤリと目元を輝かせて言った。
 「聡史クンと会って来たのかい?」
 ドキッ……とした。
 しかし、このおじにはウソがつけない。「ウン」とうなずいて、聡史の就職が決まったこと、特派員としてアフリカに赴任することになるだろう――ということを話すと、おじは、またもニヤリと笑って言った。
 「今度は、言わなかったの?」
 「エッ、何を?」
 「ついて来てほしい――って、今回は、言ってくれなかったの?」
 「残念でした。言ってくれませんでした。でもね、言ったのよ」
 「ホォ、何て?」
 「待っててくれるか――って」
 「やったね!」
 おじがいきなり大きな声を出して、私の手を握ってきたので、ちょっと引いた。
 別に、プロポーズってわけじゃないから――と説明したのだが、おじの指は、またもワイパーのように振られた。
 「待っててくれ――がプロポーズでなかったら、この地球から恋愛は消滅するね」
 あんまりエラそうに言うので、私はお返しに、千里さんの話をすることにした。
 ⇒続きを読む

 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      




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