ローズマリーの詩〈25〉 聖母子像に秘められた想い

コーヒーと女彼女は何を想い、何を願って、
その母子像をそこに飾ったのか…?


帰ろうとして、ふと目に留まったものがある。
チェストの上に置かれた聖母子像のオブジェ。
千里さんは、なぜ、これを…? そのとき、
私の頭に、ある想像が浮かんだ…。



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第25章 
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この話は連載25回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 離れのおじの部屋から聞こえてくる『スカボロー・フェア』という曲。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。おじは、その歌を歌いながら、かつての恋人に想いを馳せているように見えた。私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、しかし、彼が押し付けてくる「ふつうの幸せ」という形に耐えられなくなって、その結婚をドタキャンした。そんな私とおじは、母には「我が家の厄介者」だった。その厄介者のおじを、ある日、尾崎さんという古い友人が訪ねてきて、「オウ、こないだ、彼女に会ったゾ」と口にした。おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。その人・真坂千里さんの店は、「千の丘」といった。その店名は、『七つの水仙』という曲からとったという。そして、その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、どうやら、おじらしかった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国するという。会うべきか、会わざるべきか? 迷っている私をおじのひと言が後押しした。「命短し、恋せよ乙女かぁ。後悔するなよ、沙世ちゃん」。千里さんは、こう言った。「会って後悔するかもしれない。会わないと、もっと後悔するかもしれない。私だったら、会って後悔するほうを選ぶ」。私は聡史との再会を決意した。5年ぶりに会った聡史は、精悍さを失ったように見えた。銃撃にすくんだ自分は、「もう、アフリカには戻れないかもしれない」と言う。沈み込む聡史に、私は「お帰りなさい」のキスをした。「もし、千里さんが会いたいって言ったら、おじさんも会う?」。私の質問に、おじは「エッ、どうしてキミが…?」という顔をする。私は、おじに食べさせたパンが千里さんが焼いたパンであることを告白し、千里さんがいまもひとりでいることを伝えた。千里さんにも告白した。「私は、牧原哲司の姪なんです」。私の告白に目を丸くした千里さんだったが、おじが後悔していることを告げると、「残念ながら、彼と別れた理由は、あなたのおじさんが想像しているようなものじゃない」と言った。私と聡史は、会えば体を重ね合う関係になった。しかし、ひとつだけ不安があった。聡史が避妊しないことだった。そんなある日、私は千里さんから「家に来ない?」とお誘いを受けた。「いい肉をもらったから、すき焼きにして食べよう」と言うのだった。男の匂いのしない千里さんの部屋。しかし、千里さんは、おじの顔が思い出せないと言う。一枚も写真が残されていないのだった。なぜ、ふたりは別れてしまったのか?理由を問う私に、千里さんの重い口が開かれた。「あの人、子どもは嫌いだ――って言ったのよ」――。




 そろそろ帰らなくちゃいけない時間だった。
 「あの……わたし、そろそろ……」
 席を立つと、千里さんは、「ごめんなさいね。遅くまで引き留めちゃって……」と、申し訳なさそうな顔をした。
 「いいえ。わたし、千里さんとお話ができて、うれしかったです。また、お邪魔してもいいですか?」
 「もちろんよ。でも、おじさんは、あなたがここへ来ていること、ご存じなの?」
 「ヘヘッ……。こないだ、コクっちゃいました」
 「コクった……?」
 「あ、告白したってことです」
 「それで? おじさんは、何て……?」
 「いままで見たこともないほど、動揺してました」
 「動揺……?」
 「おまえは、何てことをしてくれるんだ――って。わたし、おじから『おまえ』呼ばわりされたの、それが初めてだったんですよ。あ、こりゃ本物だって、ピンときちゃった」
 「本物……って、何が本物だって言うの?」
 「おじの千里さんへの……何て言うんだろ? 思慕? いまでも、この人、千里さんが好きなんだ――って。これ、姪のカン! ですけど……」
 「あなたって……」と、千里さんは、目の縁にシワを浮かべて言った。
 「相当、おせっかいな性格ね。周りから言われるでしょ?」
 「ええ……? そうですかぁ?」
 「じゃ、今度は、わたしがお節介してあげるから、なんてったっけ、あなたのカレ氏?」
 「聡史ですか?」
 「そうそう。その聡史さんの話、聞かせて」
 「ハイ。たっぷり……と」
 言いながら、壁に吊るしたコートに手を伸ばそうとした私の目に、チェストの上に置かれたオブジェが目に留まった。
 十字架を配した銅製の置き物。その中央に聖母子を描いたプレートがはめ込んである。
 あれ……? 千里さんってクリスチャンなの……?
 そう言えば、胸元にも十字のプチペンダントをぶら下げてたし……。
 見ていると、「ああ、それね」と千里さんが声をかけてきた。
 「南仏を旅行したときに、骨董屋さんで見つけたのよ」
 「千里さんって、クリスチャンなんですか?」
 「そういうわけじゃないわ。ただのお守り」
 「ヘーッ。何のお守りですか?」
 「いろいろよ……」
 赤子を抱いて微笑む聖母の慈愛に富んだ顔。その胸で安らかな寝顔を見せるイエスと思われる幼子。見ていると、心の中に平和が満ちてくるような気がする。
 しかし、千里さんは、それ以上、そのオブジェの意味を語ってはくれなかった。

        

 お別れするときに、千里さんに訊かれた。
 「きょうのこと、おじさまには話すの?」
 「黙ってたほうがいいですか?」
 「まかせるわ。あなたの好きにして」
 まかせるってことは、話してもいいよ――ということだろう。
 千里さんは、私のおせっかいを決して不快には思ってないはずだ――と、私は確信できた。
 帰ったら、おじを叩き起こしてでも、「きょうね……」と話したくなるに違いない。
 それを聞いたときのおじの顔が目に浮かんだ。「あきれたやつだ」と怒ったような顔をしながらも、きっと、あれこれと聞きたがるに違いない。

 外へ出ると、年末の寒波が体をブルッ……と震わせた。
 上りの電車には、ほとんど乗る人もいない。
 ガラ空きの車両に乗り込むと、私はシートに深々と体を沈めて、ヒーターの熱をむさぼった。
 「きょうね、千里さんのお家に行ったのよ」と、まず、報告してやろう。
 それとも、あれを訊いてやろうか――。
 「おじさん、千里さんに『子どもは嫌いだ』って言ったんだって? どうして、そんなこと言ったの?」
 きっと、おじは「記憶にないなぁ」とかなんとか、とぼけるに違いない。
 そしたら、言ってやるんだ。
 「そんなこと言うから、千里さんは、おじさんと別れることを決めたんだよ。どうして、ウソでもいいから、その後で、キミとボクの子どもだったら別だけど――って、言ってあげなかったの?」
 そのときだった。
 頭の中に浮かべた「キミとボクの子ども」という言葉に、突然、ひとつの映像が重なった。
 あのオブジェ……。
 幼子を胸に抱く聖母の絵がはめ込まれた、あの銅製のオブジェ。その全体を支えるように配された、贖罪の十字架。
 あれは、もしかしたら、千里さんがおじとの間に期待したものの姿……?
 まさか――という想いが、胸の奥から湧き上って、私はブルブルと頭を振った。
 それは、笑えない想像だった。

        

 結局、その夜、千里さんと会ってきたことを、おじには話さなかった。いや、話せなかった。
 離れのおじの部屋には明かりがついていたが、歌声は聞こえなかった。
 時計を見ると、もう、11時半。
 そうよね、こんな時間に歌ってたら、近所迷惑よね。
 シャワーを浴びて寝ようと思ったら、携帯が着信を告げた。聡史からだった。
 「明日、もし時間がとれたら、会わないか? ちょっと、話したいことがあるんだ」
 「エッ、話したいこと?」
 「ウン。オレと沙世の将来に関わる大事な話」
 何だろう……?
 胸の奥がザワッ……となった。
 翌日の仕事が退けた後の午後6時、いつもの書店で――と約束して、電話を切った。
 なんだか、今週は、あわただしい――。
 ⇒続きを読む

 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      



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