ローズマリーの詩〈21〉 「避妊ハーブ」に託す想い

コーヒーと女おじの歌に出て来るハーブたちは、
かつて避妊薬として使われていたという。


私は、かつてあなたに『七つの水仙』を歌って聞かせた
男の姪です。私の告白に、千里さんは言葉を失った。
しかし、ふたりが別れることになった理由は、
おじが想像しているようなものではないらしい…。



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第21章 
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この話は連載21回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 離れのおじの部屋から聞こえてくる『スカボロー・フェア』という曲。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。おじは、その歌を歌いながら、かつての恋人に想いを馳せているように見えた。私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、しかし、彼が押し付けてくる「ふつうの幸せ」という形に耐えられなくなって、その結婚をドタキャンした。母に言わせれば、そんな私とおじは、「我が家の厄介者」だった。その厄介者のおじのところに、来客があった。「オウ、こないだ、彼女に会ったゾ」。その客が口にした言葉に、私は耳をそばだてた。おじたちに言わせると、私の鳴尾聡史は「青銅の騎士」なのだった。しかし、「騎士」としてその理想を追求する方法は、プロとして活動するばかりではない。プロにならなかった自分を責める必要はない、とおじたちは言った。おじの友人・尾崎さんの話だと、おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。私は、草野駅まで行ってみた。その人・真坂千里さんの店は「千の丘」といった。その店名は、『七つの水仙』という曲からとったという。そして、その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、どうやら、おじらしかった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。アフリカからだった。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国するという。会うべきか、会わざるべきか? 迷っている私をおじのひと言が後押しした。「命短し、恋せよ乙女かぁ。後悔するなよ、沙世ちゃん」。千里さんは、こう言った。「会って後悔するかもしれない。会わないと、もっと後悔するかもしれない。私だったら、会って後悔するほうを選ぶ」。次の日、私は聡史に、「お会いしたい」とメールを打った。5年ぶりに会った聡史は、精悍さを失ったように見えた。銃撃にすくんだ自分は、「もう、アフリカには戻れないかもしれない」と言う。沈み込む聡史に、私はおじたちの言葉を受け売りした。「プロでなくてもいいんじゃないの」。「少し救われたかもしれない」と言う聡史に、私は「お帰りなさい」のキスをした。「おじさんも会う? もし、千里さんが会いたいって言ったら?」。私の質問に、おじは「エッ、どうしてキミが…?」という顔をする。私は、おじに食べさせたパンが千里さんが焼いたパンであることを告白し、そして、言った。千里さんが、いまもひとりでいることを。今度は、千里さんに告白する番だった。「私は、牧原哲司の姪なんです」。私の告白を聞いた千里さんは――。




 言おうか、やっぱり黙っておくべきか、迷った。
 「あの……」
 ふたり、同時に口を開いた。
 開いた口を、先に千里さんが閉じ、「どうぞ」と目で促した。
 「おじは、後悔してる――って、言ってました」
 「そう……」
 「彼女を追い込んでしまった。若気の至りだった――って」
 「追い込んだ? 私を? そんなこと言ってるの?」
 「たぶん、思想的に――とかなんとか。大した思想も持ってないくせに、相手にそれを求めてしまった。そうしないと、自分の思想が揺らいでしまいそうな気がしたから――ですって」
 「おじさんが後悔してるって言うのは、そういうこと?」
 「エッ、違うんですか?」
 「そういうこともあったかもしれないけど、私があなたのおじさんと別れたのは、それが原因じゃないわ」
 そう言って、千里さんはマグカップをテーブルに下し、その手を静かに胸に当てた。
 千里さんの細い指が、胸元に下がったペンダントに触れている。銀色に輝く、小さな十字架のペンダントが、千里さんの指の間でキラリ……と光った。
 「そういうことじゃ……ないんだな……」
 もう一度、口の中でつぶやくように言うと、千里さんがつと席を立った。
 店にお客さんが入ってきたからだった。
 「そういうことじゃない」という千里さんの言葉が、胸の奥に引っかかった。「そういうことじゃない」は、「そんな種類の問題じゃない」ということだ。
 それは何……?
 少なくとも、それは、おじがまったく気づいてもない問題に違いない。
 「今度、おじを連れて来ても……」
 帰り際、よっぽど口にしようか――と思ったけど、止めた。
 千里さんの「そういうことじゃない」問題が何であるかを突き止めるまでは、ヘタなことはしないほうがいい、と思った。
 「また、来ます」
 店を出ると、千里さんが小走りに後を追ってきて、「あ、沙世さん」と呼び止めた。
 「ありがとう。ここを探し出してくれて」
 「あ……いえ。わたし、余計なことばかり言って……」
 「いいの。あのね、沙世さん、今度、よかったら、店が終わる頃にいらして。ゆっくりお話したいから……」
 「いいんですか?」
 「あなたの、頭でっかちのおじさんの話も聞きたいわ」
 「ハ、ハイ……」
 なんだかうれしくなって、私は、女学生みたいな返事を返していた。

        

 次の土曜日も、おじの部屋からは『スカボロー・フェア』が聞こえていた。
 しばらく歌っていたおじが、「沙世ちゃん、沙世ちゃん」とニヤニヤしながら庭に下りてきた。
 「すごい発見!」
 その目が、いやらしい写真を見つけたゾ――という子どものように、怪しく輝いている。
 「きのう、古いイタリアのポルノ映画を見てたらさぁ……」
 「エーッ!? そういう話、わたし、あんまり……」
 「いやいや、そうじゃなくてさぁ、そこに出てくるんだよ」
 「何が?」
 「パセリとセージとローズマリーとタイム!」
 「エッ、それがポルノ映画に?」
 「ね、ね……不思議だろ?」
 「もしかして、媚薬とか……?」
 「惜しいッ!」
 おじは、私の答えを聞いて、クイズ番組の司会者気分を味わいたいらしい。
 わるいけど、その遊びにつき合ってる暇はない。いや、暇はあるけど、その気がない。私の沈黙を、おじは、答えに窮している――とでも思ったのか、得意げに謎解きにかかった。
 「その映画は、17世紀ぐらいの社交界を舞台にしたポルノなんだけど、その中に、舞踏会に娘たちが出かけていくシーンが出てくるんだ。着飾って、いそいそと出かけようとする娘たちを母親が呼び止めるんだね。おまえたち、あれを忘れてないかい――って」
 「あれ……?」
 「そう、あれ。母親はたらいにお湯をはって、そこにパセリとセージとローズマリーとタイムを入れて、かき混ぜる。そこへ、ドレスの裾をまくった娘たちが、ピチャッとお尻を浸すんだよね」
 「あ、そうか。消毒とか、消臭とか、そういうことでしょう? もしかしたら、どこかの紳士に見初められるかもしれないから、あそこは清潔にしておかないと――っていう」
 「違うんだなぁ。映画の中で、その母親が言っていたのは、こうしておけば、妊娠する心配がないから――ということだった」
 「じゃ……避妊? ヘェーッ!」
 「昔は、この4種のハーブの組み合わせは、避妊薬として使われていたんじゃないか。それでね、調べてみたら、特にローズマリーに関しては、妊娠中の女性は摂取しないように――っていう注意書きが、どの効能書きにも添えられてた」
 「なんか……意味深……」
 「でしょ? パセリよ、セージよ、ローズマリーよ、タイムよ、と呼びかけているあの歌は、かつて避妊薬として使われていたハーブたちに呼びかけているんだ。そう思うと、歌の意味が、もう少し深くなる。そんな気、しないか?」
 「確かに……。メッセージに性的なものが込められてるような気がする」
 おじは、「な……」というふうに私の顔を見たかと思うと、ウンウン……と満足そうにうなずきながら、離れへ引き上げようとする。
 「あ、おじさん」と、その背中に呼びかけた。

        

 「わたし、言っちゃったよ、真坂千里さんに」
 おじの背中がビクッ……となった。
 「わたしは、牧原哲司の姪です――って、コクっちゃった」
 「コクった……?」
 「告白した――ってことよ」
 「エーッ!?」
 振り向いたおじは、カラスのような声を挙げて、のどにからんだ痰を呑み込んだ。
 その顔が、「何をキミは余計なことを」と、私をとがめていた。
 「だって、言ったじゃない。わたし、おじさんのパセリとセージとローズマリーとタイムになってあげる――って」
 おじは、片手を頭に上げて、髪をかきむしるしぐさをしたが、その頭皮には、かきむしる毛髪はほとんどなかった。
 それがおかしくて、私はクスッ……と笑った。
 ⇒続きを読む

 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      




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