ローズマリーの詩〈20〉 その告白は罪作り…?

コーヒーと女私は、かつてあなたが愛した男の姪。
捨て身の告白に、彼女は、沈黙した…。


キャタピラに踏み砕かれる骨の音が、いまも頭に残る。
苦しむ聡史を、私は胸に抱き止めることしかできない。
そんな話を黙って聞いてくれた千里さんに、
私は、自分の「正体」を明かすことにした――。



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第20章 
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この話は連載20回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 離れのおじの部屋から聞こえてくる『スカボロー・フェア』という曲。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。おじは、その歌を歌いながら、かつての恋人に想いを馳せているように見えた。私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、しかし、彼が押し付けてくる「ふつうの幸せ」という形に耐えられなくなって、その結婚をドタキャンした。母に言わせれば、そんな私とおじは、「我が家の厄介者」だった。その厄介者のおじのところに、来客があった。「オウ、こないだ、彼女に会ったゾ」。その客が口にした言葉に、私は耳をそばだてた。おじたちに言わせると、私の鳴尾聡史は「青銅の騎士」なのだった。しかし、「騎士」としてその理想を追求する方法は、プロとして活動するばかりではない。プロにならなかった自分を責める必要はない、とおじたちは言った。おじの友人・尾崎さんの話だと、おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。私は、草野駅まで行ってみた。その人・真坂千里さんの店は「千の丘」といった。その店名は、『七つの水仙』という曲からとったという。そして、その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、どうやら、おじらしかった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。アフリカからだった。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国するという。会うべきか、会わざるべきか? 迷っている私をおじのひと言が後押しした。「命短し、恋せよ乙女かぁ。後悔するなよ、沙世ちゃん」。千里さんは、こう言った。「会って後悔するかもしれない。会わないと、もっと後悔するかもしれない。私だったら、会って後悔するほうを選ぶ」。次の日、私は聡史に、「お会いしたい」とメールを打った。5年ぶりに会った聡史は、精悍さを失ったように見えた。銃撃にすくんだ自分は、「もう、アフリカには戻れないかもしれない」と言う。沈み込む聡史に、私はおじたちの言葉を受け売りした。「プロでなくてもいいんじゃないの」。「少し救われたかもしれない」と言う聡史に、私は「お帰りなさい」のキスをした。そのことを報告すると、おじはうれしそうに顔を崩した。「おじさんも会う? もし、千里さんが会いたいって言ったら?」。私の質問に、おじは「エッ、どうしてキミが…?」という顔をする。私は、おじに食べさせたパンが千里さんが焼いたパンであることを告白し、そして、言った。千里さんが、いまもひとりでいることを。そして、「許してくれるなら、かつての恋人に会ってもいい」と思っていることを――。




 フィールド・ワークに出られない自分が、鳴尾聡史には歯がゆかっただろう――と思う。
 NPO団体で資料作成やPR活動などの後方支援活動に従事していたが、その体には、それでは満たされないガスが、日に日に溜まっていってるように見えた。
 「アフリカではさぁ、人間が……虫みたいに踏みつぶされて、死んでいくんだよなぁ……」
 めくら滅法に乱射する銃弾に、武器を持たない住民たちがバタバタ……撃ち倒され、その体を装甲車のカタピラが踏み砕いていく。その骨がバリバリと砕かれていく音が、いまも聡史の耳の奥に染みついて離れない――という。
 まだ20代の青銅の騎士。その「青い志」は、踏み砕かれていく骨の音とともに、アフリカの大地に砕け散った。
 「それでも、いや、それだからこそ……」と聡史は言うのだった。
 「いま、ここで、何もできないでいる自分が、悔しくて仕方ない」
 そう言って、聡史は頭をかきむしった。
 私は、その頭を自分の胸に抱き留めた。
 そして、私は、聡史の中に渦巻く恐れや怒りや嫌悪や悔しさ、それらをまるごと、私の体の奥深くに受け止めた。
 私にできることは、それしかなかったから――。

 鳴尾聡史と私は、そうして、5年前の関係を復活させた。
 聡史は、ほんとうは、国連の職員になりたかったらしい。しかし、ふつうに大学を卒業しただけの、それも文学部卒の聡史には、応募する資格がなかった。医学とか、工学とか、農学とか……の、現地で役に立てられる学術を修士号か博士号を修得するレベルまで身に着けた者でないと、書類審査の段階でふるい落とされてしまうのだそうだ。
 そのことを知った聡史は、次善の道として、学生時代からボランティアとして関わっていたNPO団体のスタッフになる道を選んだ。
 アフリカで井戸掘りをしたり、飢えた子どもたちに食料支援活動をしたり、農業指導をしたり……という活動を、企業などからの支援や募金活動で得た資金で続けている団体だった。聡史は自ら志願して、フィールドに出ることを望み、そして、アフリカに赴いた。
 聡史の脚を貫いた銃弾は、聡史のその意志をも砕いてしまった。

 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      



        

 「会いに行ったの? カレに?」
 千里さんは、私の報告を、なぜかうれしそうに聞いてくれた。
 「それで……後悔した? それとも……?」
 私は、首を振った。
 「カレ、ちょっと傷ついてて、いまの私は、そんなカレに寄り添っていることしかできないんですけど……」
 カレがアフリカで銃弾を受けたことも、そのことで何もできなくなった自分を責めていることも、全部、話した。千里さんは、その話を黙って聞いてくれた。
 「沙世さんは、もどかしいって思ってる?」
 「エッ……?」
 「もっと何かしてあげられるんじゃないか――とか思ってる?」
 「思ってはいるけど、でも、何もできることないし……」
 「いいんじゃないかなぁ。何かしてあげなくちゃ――なんて思わなくても」
 「そう思います?」
 「思うわよ。ただ、いまのカレを丸ごと受け留めてあげる。それだけで、いいと思う。というか、それ以上のことをしようなんて、思わないほうがいいと思うわ」
 おじとおんなじだ――と思った。

 彼のマインドは折れてしまっているかもしれない。
 そんな彼をまるごと受け入れる覚悟はあるか?

 会うべきか、会わざるべきか――と迷っているとき、おじはそう言って、「その覚悟を持って会いにいけ」と、私の背中を押した。
 その話をすると、千里さんは「フーン」と考え込む顔になった。
 「あの……」
 私は、背中をシャンと伸ばして、千里さんの顔と向き合った。
 千里さんは、「何……?」というふうに、私の顔をのぞき込んだ。

        

 「ごめんなさい!」
 いきなり頭を下げた私に、千里さんは、「何よ、この子?」という顔をした。
 「いままで黙っていて、ごめんなさい。わたし、牧原哲司の姪なんです」
 「エッ……!?」
 千里さんは、飲みかけのカフェオレを口に運びかけたまま、すべての動きを止めた。そのまま凍り付いてしまいそうなストップ・モーション。でも、その静止画像は、美しかった。
 「あの……千里さんに、その昔、『七つの水仙』を歌って聞かせた……」
 「ええ……」と千里さんは、やっと、手にしたマグカップを動かした。
 湯気の立つカフェオレが、ゆっくり、千里さんの喉を流れ落ちていった。
 「あなたは、どうやって……この店が私の店だと……?」
 「あ、おじの友人の尾崎さんという人が、たまたま、この店と千里さんの名前を発見して、それをおじに教えたんです」
 「じゃ、あなたは、おじさんに頼まれて、ここを訪ねていらしたの?」
 「いえ。おじたちの話を盗み聞きしたわたしが、勝手に来ちゃったんです。おじには内緒で……」
 「内緒で? どうしてまた……?」
 「勝手におじの過去に踏み込むなんて、おじが知ったら怒ると思って……」
 「じゃなくて、どうして、私に会ってみようって思ったの? おじさんの昔の恋人になんて、いくら姪でも、ふつうは興味を持たないでしょ?」
 「変ですか、わたし?」
 「相当、ヘンよ、あなた」
 千里さんに「ヘン!」と言われて、ちょっとだけ凹んだ。
 そんな私を見て、千里さんがクスッ……と笑った。
 「もしかして、好奇心?」
 「いえ、そういうんでもなくて……実は、おじが歌う歌が気になって……」
 「歌……? 『七つの水仙』?」
 「じゃなくて、『スカボロー・フェア』っていう曲です。おじ、いつも、歌ってたんです。『アー・ユー・ゴーイング……』って。パセリよ、セージよ、ローズマリーよ、タイムよ――って、呼びかけるように歌ってて、それを歌うおじが、もしかして、だれかに自分の気持ちを伝えようとしてるんじゃないかって気がして……」
 「それが、私だと思ったの?」
 「違うっていうんですか?」
 「わからないわ、私には」
 「でもね、おじは、その後で、これを見ろって、『卒業』という映画のDVDを貸してくれたんです。そして、昔の恋人のことを話してくれました。まだ、学生だったときの恋人のこと。それ、千里さんですよね?」
 「古い話だわ……」
 「ただの、古い話――ですか?」
 千里さんは、少し、眉を曇らせて、それからフーッと息を吐いた。
 もしかして、私は、いけないことを言ったのか?
 千里さんの沈黙が、私には、少し怖かった――。
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