「靖国参拝」は「宗教的無知」の産物…?

実際に起こった出来事を長住流に解説します。
あまりに呆れて、モノが言えないのですが、このまま黙っていると、
これを「当たり前」と思う人も出てくるかもしれないので、
長住、あえて口を開きます。安倍総理の「靖国参拝」。あれは、
宗教的無知がもたらした、世界に恥ずべき「愚行」です!
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安倍総理が「靖国神社参拝」を強行して、国の内外から批判の声が巻き起こっています。
盟友と頼むアメリカからさえ、「失望した」という異例の声明が発表されました。
批判の声の多くは、隣国である中国・韓国との関係悪化を懸念する立場から発せられています。そういう声の背景には、両国との関係悪化が国益にかなうかどうか――という「損得」の計算も含まれているかと思います。
筆者・長住は思うのです。
この問題は、そういう観点から論じられるべきではない。ほんとうに「正しい」ことであれば、どんなに損をしようがやるべきだし、「正しくない」のであれば、どんなに得することであっても、やるべきではない。
長住は、そう思っています。
結論から言うと、「靖国参拝」は、断じて「正しくない」。正しくないどころか、「悪魔に魂を売る行為」だ――とさえ思っています。
「靖国神社」という施設そのものを、長住は「滅ぼすべきもの」とさえ考えています。
今回は、その理由を説明します。
とても長くなるので、この話は、2夜にわたってお届けすることにします。
日本国民として知っておくべき重大な問題について論じますので、申し訳ありませんが、2日間の間、恋愛話はお休みです。
「靖国神社」の前身「招魂社」のオカルト的体質
ご存じない方もいらっしゃるかと思うので、最初に申し上げておきますが、「靖国神社」というのは、「神社」と名前こそついてはいますが、日本の伝統的な「神道」とは、縁もゆかりもない産物です。
「靖国神社」が創建されたのは、1879年(明治12年)のことです。「創建」というのは正しくはありません。「改称」されたのです。
その前身は「東京招魂社」でした。「東京招魂社」というのは、戊辰戦争での官軍側の戦没者を祀るために創建された施設で、管轄していたのは、長州勢が主流を占める陸軍でした。「官軍側の……」ですから、白虎隊などの幕府軍側の戦没者も、後の西南戦争での西郷軍側の戦没者も、合祀の対象とはなりません。
ここがすでに、日本の神道の伝統な考え方とは異なっています。伝統的な神道では、むしろ、この世に恨みを残して死んだ人間や非業の死を遂げた人間の霊を鎮めることが、重視されてきました。しかし、「東京招魂社」の目的は、勝ち組である官軍の戦没者だけを祀る――です。
この点だけから言っても、「東京招魂社」の設立目的は、伝統的な神道とは相容れないもの、と筆者は思っています。
盟友と頼むアメリカからさえ、「失望した」という異例の声明が発表されました。
批判の声の多くは、隣国である中国・韓国との関係悪化を懸念する立場から発せられています。そういう声の背景には、両国との関係悪化が国益にかなうかどうか――という「損得」の計算も含まれているかと思います。
筆者・長住は思うのです。
この問題は、そういう観点から論じられるべきではない。ほんとうに「正しい」ことであれば、どんなに損をしようがやるべきだし、「正しくない」のであれば、どんなに得することであっても、やるべきではない。
長住は、そう思っています。
結論から言うと、「靖国参拝」は、断じて「正しくない」。正しくないどころか、「悪魔に魂を売る行為」だ――とさえ思っています。
「靖国神社」という施設そのものを、長住は「滅ぼすべきもの」とさえ考えています。
今回は、その理由を説明します。
とても長くなるので、この話は、2夜にわたってお届けすることにします。
日本国民として知っておくべき重大な問題について論じますので、申し訳ありませんが、2日間の間、恋愛話はお休みです。


「靖国神社」が創建されたのは、1879年(明治12年)のことです。「創建」というのは正しくはありません。「改称」されたのです。
その前身は「東京招魂社」でした。「東京招魂社」というのは、戊辰戦争での官軍側の戦没者を祀るために創建された施設で、管轄していたのは、長州勢が主流を占める陸軍でした。「官軍側の……」ですから、白虎隊などの幕府軍側の戦没者も、後の西南戦争での西郷軍側の戦没者も、合祀の対象とはなりません。
ここがすでに、日本の神道の伝統な考え方とは異なっています。伝統的な神道では、むしろ、この世に恨みを残して死んだ人間や非業の死を遂げた人間の霊を鎮めることが、重視されてきました。しかし、「東京招魂社」の目的は、勝ち組である官軍の戦没者だけを祀る――です。
この点だけから言っても、「東京招魂社」の設立目的は、伝統的な神道とは相容れないもの、と筆者は思っています。
そもそも、「招魂」というのがおかしい。
死者の魂に対する日本古来の神道の考え方は「鎮魂」です。「鎮魂」というのは、文字通り、「魂を鎮める」ことを言います。日本では、「死者の魂」は荒れていると考えられてきました。この状態の魂を「荒御霊(あらみたま)」と言います。この荒れた魂は、30年~50年という長い時間をかけて浄め、鎮めて、初めて「和御霊(にぎみたま)」として「祖霊」になることができる――と考えられてきました。
では、「招魂」とは何か? こちらは、文字通り、「魂を招き、呼び戻す」ということです。衰弱した肉体から遊離してしまった魂を呼び戻す祭祀のことで、その由来は、中国の「陰陽道」にあります。病気で魂が抜け出しそうになった人がいると、屋根に上がって布を振ったりして、往きそうな魂に「行くなぁ~」と呼びかけるわけです。
これを「招魂祭(しょうこんのまつり)」と言い、平安時代の中頃から、貴族社会を中心に広がったとされています。しかし、朝廷は、この祭祀を死者に対して行うことを禁止しました。「せっかく鎮めようとした魂を呼び戻すとは何事!」というわけです。
少し話が逸れましたが、「招魂社」とは、そういうオカルト的性質を持った施設である――ということを、まず、頭に入れておいていただきたいのです。

「東京招魂社」も「招魂社」です。
その設立は1869年ですが、すでにそれ以前から、戦没した官軍戦没者を祀ろうという動きが各地に見られ、1868年には、有栖川宮熾仁親王による戦没官軍将校の招魂祭が、江戸城で行われたりしました。
であれば、そういう施設を作ってはどうか――ということで、日本陸軍の事実上の創始者でもあった大村益次郎が提案したのが、「東京招魂社」の設立。現在の「靖国神社」のそもそもの起こりでした。
当初、この施設は陸軍内の施設で、当時の陸軍は長州閥で占められていました。つまり、「東京招魂社」は、きわめて長州色の強い施設でもあったわけです。事実、そのひな形となったのは、山口県にある「桜山招魂場」という宗教施設でした。
この「桜山招魂場」というのは、1863年(文久3年)に、「奇兵隊」で知られる高杉晋作の発議で作られた施設でした。本来は、高杉が総督を務めた奇兵隊専属の招魂場だったのですが、後に、県内のさまざまな招魂場に祀られている霊を合祀しました。しかし、あくまで中心は、奇兵隊。その奇兵隊の中核は、吉田松陰の「松下村塾」の塾生たちで占められていました。
そういう経緯もあって、同招魂場の神霊碑中央を占めているのは、吉田松陰の碑。右に高杉晋作、左に久坂玄瑞。この招魂場は、さながら「松下村塾」塾生の魂を祀る場所――という趣でもあったわけです。
なんだか、つながってきませんか、長州出身のあの人と? そう、吉田松陰の墓に参った安倍某と――。

この「東京招魂社」が「靖国神社」と改称されたのは、これを正式な神社にしたいという軍当局の思惑があったからです。1879年、「靖国神社」と改称すると同時に、同社は「別格官幣社」の扱いとなり、その人事権は内務省が握り、管理は陸軍と海軍の共同管理ということになりましたが、運営の主導権は、陸軍が握っていました。
「靖国神社」への改称と同時に、全国の「招魂場」も「護国神社」と改称されました。
問題は、この神社がどういう性質を持った神社であったか――ということです。
同社が「別格官幣社」となったときの「祭文」には、こう記されています。

明治元年と云ふ年より以降、内外の国の荒振る寇(あだ)等を刑罰め、服(まつろ)はぬ人を言知し給ふ時に、汝命等の赤き直き真心を以、家を忘れ身を擲て、名も死亡せにし其の大き高き勲功に依りてし、大皇国(おおすめらくに)をば知食す事ぞと思食すが故に、靖国神社と改め称へ、別格官弊社と定め奉りて、御幣帛(へいはく)奉り斎ひ奉らせ給ひ、今より後弥遠永に、怠る事無く祭給はむとす。
何を言ってるかわからない――という方もいらっしゃろうかと思いますので、わかりやすく現代文に直すと、こういうことです。


これを読んで、「あれ?」と思った人も多いのではないでしょうか。
そうです。ここには、「慰霊」の「慰」の字も出てきません。全然、お慰めなんかしてないし、鎮魂もしてないんですね。
ただ、「おまえたち、よくやった。祀ってやるゾ」とホメているだけです。
しかも、そのホメている内容は――と言うと、「よく敵をやっつけた」です。
その「敵」というのは、「荒ぶる寇」つまり「乱暴な外敵」で、「服はぬ人」つまり「言うことを聞かない連中」――ということです。

われらが安倍総理は、この好戦的な神社に参拝して、「二度と戦争の惨禍で人々が苦しむことがない時代をつくるとの誓いの決意をお伝えした」とおっしゃるのです。
どこが「不戦の誓い」じゃ――と、管理人は笑っちゃいました。
よくもヌケヌケと、こういうウソがつける。先の、五輪招致のスピーチでも、「福島は完全にコントロールされている」と、真っ赤なウソをついたご仁です。
あるいは、この程度のウソは、お手の物なのかもしれません。
仮に、こうしたことをまったくご存じなく、「御霊をお慰めするために」とおっしゃるのであれば、その宗教的無知は、大いに恥じるべきであります。
TVなどでも、よく、こんな発言をする知識人っぽい人(?)を見かけます。
「わが国の宗教的伝統に、よその国からとやかく言われる筋合いはない」的な発言です。
どこが伝統だ――と、管理人は、そういう方々に申し上げたい。
「靖国」は、わが国の伝統でも何でもない。
明治になって、あわてて作られた国家ぐるみの「新興宗教」。
この国に営々と受け継がれてきた死生観も、神々への崇敬の念も破壊して、ただ、軍上層部の都合のみによってデッチ上げられた宗教である!
私は、そう断言してもいい――と思っています。
「靖国」はいかにして、この国の伝統を破壊したか?
明日は、その話をしてみようと思います。(続く)


2012年11月リリース
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