ローズマリーの詩〈15〉 私を許してくれるなら…

コーヒーと女その人は、おじに何を
許してほしいのか? 彼女は口をつぐんだ…。


カレと会うべきか、否か? 悩む私に千里さんは、
「理解し合うチャンスを失うな」と言う。では千里さんは、
おじが望めば会うのか? 「許してくれるなら…」という
千里さんが口にした言葉が、胸に引っかかった…。



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第15章 
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この話は連載15回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
   前回から読みたい方は、⇒こちらからどうぞ。

ここまでのあらすじ 雨が降ると、離れのおじの部屋からあの歌が聞こえてくる。調べてみると、それは『スカボロー・フェア』という曲だった。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。その日、おじが作った夕食は、その4種のハーブを使った「チキンの香草焼き」だった。食事が終わると、おじは私に1枚のDVDを渡した。『卒業』という名の映画のDVDだった。そこに登場するベンジャミンとエレーンを、おじはもしかして、おじとおじのかつての恋人にダブらせているのだろうか? 私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、しかし、彼が押し付けてくる「ふつうの幸せ」という形に耐えられなくなって、その結婚をドタキャンした。母に言わせれば、そんな私とおじは、「我が家の厄介者」だった。その厄介者のおじのところに、来客があった。「オウ、こないだ、彼女に会ったゾ」。その客が口にした言葉に、私は耳をそばだてた。私は、飲みに行くというおじたちについていった。おじたちに言わせると、私の鳴尾聡史は「青銅の騎士」なのだった。しかし、「騎士」としてその理想を追求する方法は、プロとして活動するばかりではない。プロにならなかった自分を責める必要はない、とおじたちは言う。おじの友人・尾崎さんの話だと、おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。私は、草野駅まで行ってみた。その人・真坂千里さんの店は「千の丘」といった。その店名は、『七つの水仙』という曲からとったという。そして、その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、どうやら、おじらしかった。そのおじに千里さんから習ったガーリックトーストを作って食べさせた。おじは、ただ「懐かしい味がする」と言っただけだった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。アフリカからだった。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国する、という。会うべきか、会わざるべきか? 迷っている私をおじのひと言が後押しした。「命短し、恋せよ乙女かぁ。後悔するなよ、沙世ちゃん」。千里さんは、こう言った。「会って後悔するかもしれない。会わないと、もっと後悔するかもしれない。私だったら、会って後悔するほうを選ぶ」――。




 「会って後悔すること」は、せいぜい「失望すること」ぐらいしか考えられない。
 理想は「理想」のままで、夢は「夢」のままで残しておきたい――という気持ちも、どこかにはあるが、私もそこまで「お子ちゃま」ではない。
 それとも、昔の想いがよみがえって、だれかを傷つけることになる?
 でも、いまの私に、そんな「だれか」はいない。
 では、「会わなくて後悔すること」は――?
 おじの「エレーン」だったに違いない人は、まるで自分に言い聞かせるように口を開いた。
 「相手のほんとの心を知る機会を、永久に失ってしまう。自分のほんとの気持ちを伝えるチャンスも、永久に……。それって、とても、もったいないことだと思うわ。それにね、杉野さん……」
 そう言って、千里さんはカフェオレをひと口、飲んだ。飲んだ後のカップの中の波紋を、じっと見ている。ミルクとコーヒーの混ざり合った色に語りかけるように、その口が静かに開かれた。
 「人って、変わる……。自分でも変わるし、向き合う相手によっても変わる――と思うの。でもね、そのとき、たまたまそうであった自分の気持ちのために、その後もあるかもしれない会うチャンスを封印してしまったりすると、変わっていけるはずのチャンスも、変わっていくさまを見せるチャンスも、それを理解し合うチャンスも、全部、失ってしまうことになるのよね」
 千里さんの言葉は、自分に向かって語りかけているようにも見えた。
 もしかして、千里さんは、いまだったらベンジャミンと会う気になるかもしれない。訊くならいまだな――と思った。
 「あの……」
 改まった声を出したので、千里さんは、また女医さんの顔に戻って私を見た。
 「最初の質問に対する千里さんの答えは、どっちですか?」
 「最初の……? ああ、『七つの水仙』を歌ってくれた人の話?」
 「そうです。もし、その人が会いたいって言ってきたら、千里さんは……」
 「会うわ、許してくれるなら……」
 「許す? な、何を……?」
 「それは、言えないわ。本人にも、言ってないことだし……」
 それっきり、千里さんが口をつぐんだので、私は、おじと千里さんが会わなくなったほんとの理由を知ることができなかった。

 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      



        

 変わっていくチャンスも、それを理解し合うチャンスも失ってしまう。
 千里さんが口にした言葉は、迷っていた私の心に、ポッと火を灯した。
 あのとき止めてしまった時間を、進めなくちゃ……だよね。
 そう思って、鳴尾聡史からの手紙を引っ張り出してみた。
 「ぜひ、お会いしたいです」と、返事を書くためだった。
 しかし、手紙の差出人欄に書かれているのは、K国の住所だった。
 帰国すると言っている以上、その住所にはいない可能性のほうが高い。
 しょうがない、メールにするか。
 手紙の末尾に書いてあったメール・アドレスは、聡史が所属するNPO法人内の個人アドレスだったが、本人がまだ所属していれば、メールは届くだろう。
 そう思って、PCを立ち上げて、本文を打ち込んだ。

 《鳴尾聡史さま
 ごぶさたしてます。杉野沙世です。
 久しぶりのお手紙、なつかしく拝見しました。
 負傷なさったということで、とても心配してます。
 安全な日本で、安全な仕事をしている私には、
 聡史さんの5年間の苦労は、とても想像できませんし、
 そういう感じ方しかできないことが、少し恥ずかしくもあるのですが、
 帰国されると聞いて、ちょっとだけ安心したりしています。
 お帰りになったら、ぜひ、お目にかかりたいです。
 心配されていたようですが、私はまだ、独身ですよ。
 私のおじが言ってましたが、聡史さんは、「青銅の騎士」なんだそうです。
 帰国されたら、このアドレス宛にご連絡くださいね。
                                      杉野沙世

 P.S. ところで、聡史さんは、『七つの水仙』っていう曲、知ってますか?》


 最後の「P.S.」は、ちょっと余計だった。
 でも、鳴尾聡史だったら、もしかしたら知っているかも――と思った。
 もし知っていたら、私の気持ちに少しは気づいてもらえるかもしれない――と思った。
 メールは、あっという間にインターネットに吸い込まれて、見知らぬ時空を駆けていった。

        

 「ホウ、会うことに決めたのかい?」
 その話をすると、おじは、少しうれしそうに口元を緩めた。
 おじは、私が元カレと復活することを、どこかで期待しているんじゃないか――という気がした。
 もしかして、自分もかつての「エレーン」と復活することを望んでいるから……?
 ウン、あり得る!
 ちょっとだけ、鎌をかけてみた。
 「もしかしたら、おじさんの『七つの水仙』の人も、会いたいと思ってるかもしれないよ」
 おじは、「エッ!?」という顔をして、それからあわてて顔の前で手を振った。
 「ない、ない。それはない」
 でも、向こうは「会ってもいい」と言ってたよ。
 あやうく口に出しそうになった。
 でも、止めた。
 千里さんが、口にしたあの言葉、「許してもらえるなら」が心の奥で引っかかった。
 千里さん、何を許してもらいたいんだろう?
 それを知りたくなった――。
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