ローズマリーの詩〈14〉 会って後悔? 会わずに後悔?

コーヒーと女会って後悔するかもしれない。でも、
会わないともっと後悔するかもしれない…。


カレが銃弾を受けて、アフリカから帰国する。
会うべきか、会わざるべきか? 迷っている私に
おじは訊いた。マインドが折れてしまったかもしれない
カレを、丸ごと受け入れる覚悟はあるか――と。



 小説/ローズマリーの詩 ――― 第14章 
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この話は連載14回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
   前回から読みたい方は、⇒こちらからどうぞ。

ここまでのあらすじ 雨が降ると、離れのおじの部屋からあの歌が聞こえてくる。調べてみると、それは『スカボロー・フェア』という曲だった。その歌には、パセリとセージとローズマリーとタイム、4種のハーブが登場する。その日、おじが作った夕食は、その4種のハーブを使った「チキンの香草焼き」だった。食事が終わると、おじは私に1枚のDVDを渡した。『卒業』という名の映画のDVDだった。そこに登場するベンジャミンとエレーンを、おじはもしかして、おじとおじのかつての恋人にダブらせているのだろうか? 私にもかつて、尊敬し、愛した男がいた。鳴尾聡史。アフリカで、飢えた子どもたちを救うボランティア活動に従事する男。しかし、私は、「一緒にアフリカに行かないか?」という彼の誘いに首を振った。勇気がなかったからだ。私は就職して、そこで巡り合った男がささやく「ふつうの幸せ」という言葉に揺らいだ。結婚の約束までしたが、しかし、彼が押し付けてくる「ふつうの幸せ」という形に耐えられなくなって、その結婚をドタキャンした。母に言わせれば、そんな私とおじは、「我が家の厄介者」だった。その厄介者のおじのところに、来客があった。「オウ、こないだ、彼女に会ったゾ」。その客が口にした言葉に、私は耳をそばだてた。私は、飲みに行くというおじたちについていった。おじたちに言わせると、私の鳴尾聡史は「青銅の騎士」なのだった。しかし、「騎士」としてその理想を追求する方法は、プロとして活動するばかりではない。プロにならなかった自分を責める必要はない、とおじたちは言う。おじの友人・尾崎さんの話だと、おじのかつての彼女は、草野駅の前でハーブ・パンを焼いて売っているという。私は、草野駅まで行ってみた。その人・真坂千里さんの店は「千の丘」といった。その店名は、『七つの水仙』という曲からとったという。そして、その歌をかつて彼女に歌って聞かせたのは、どうやら、おじらしかった。そのおじに千里さんから習ったガーリックトーストを作って食べさせた。おじは、ただ「懐かしい味がする」と言っただけだった。そんなある日、一通のエアメールが届いた。アフリカからだった。鳴尾聡史が内乱に巻き込まれて負傷し、帰国する、という。会うべきか、会わざるべきか? 迷っている私をおじのひと言が後押しした。「命短し、恋せよ乙女かぁ。後悔するなよ、沙世ちゃん」――。




 「あのね、おじさん……」
 私の声がいつになく神妙に聞こえたのだろう。おじは、「ウン……」とだけ答えて、私が話し始めるのを待ってくれた。
 「ちょうど、5年なの……」
 「もしかして、青銅の騎士クンの話かい?」
 言い当てられてしまった。
 仕方ないから、全部、話した。
 「彼が帰国するんだ」と言うと、おじは「ウ~ン……」とわざとらしくうなってから言った。
 「少なくとも、威風堂々の凱旋ってわけじゃなさそうだね」
 「茶化さないでよ、おじさん」
 怒ってはみたものの、鳴尾聡史の手紙の文面は、おじが言うとおり、「凱旋」というのにはほど遠いと感じられた。
 「負傷したのはどこだって?」
 「脚。左脚を弾が貫通したって」
 「歩けるの?」
 「いまは、松葉杖が必要だけど、リハビリすれば、歩けるようになるだろうって」
 「ま、外傷は、大したことない――と。問題は……」
 おじはそこで口をつぐんだが、言おうとしたことは薄々ながらわかった。
 それは、鳴尾聡史の手紙を目にしたとき、行間から、何となく匂っていたことでもあった。
 「迷ってるんだね?」
 「エッ……?」
 「かつて、彼の誘いを断ってしまった自分が、いまさら、どの面下げて会うのか――と、沙世ちゃんは自分に問いかけている。違うかい?」
 「ウン。まぁ……」
 見抜かれてしまった――と、ちょっとくやしかった。
 しかし、おじは、むしろ、その先のことを心配しているのだった。
 「沙世ちゃん、覚悟はある?」
 「エッ、覚悟?」
 「ウン、覚悟。もしかしたら、彼は、かつてのような青銅の騎士じゃなくなってるかもしれない。受けた体の傷は大してシリアスな状態じゃないにしても、騎士としてのマインドは、折れてるかもしれないでしょ。その傷ついた戦士を、沙世ちゃん、まるごと受け止めてあげる覚悟はできてる?」
 ちょっと意外な質問だった。
 覚悟――と言われて、少しひるんでいると、おじは、声のトーンを落として続けた。
 「な~んてね。エラそうに言っちゃったけど、沙世ちゃんには、ボクがいまだに抱き続けているような後悔をしてほしくはないんだ。ホンネを言うと、行けェ~、ベンジャミン! かな」
 あの……おじさん。私、女の子よ。
 ベンジャミンじゃなくて、エレーンなんですけど――と思ったけど、細かいことは気にしないことにした。

 参考  この小説に出てくる楽曲と映画は、こちらから

本作品中に登場する曲「スカボロー・フェア」は、サイモンとガーファンクルの『パセリ・セージ・ローズマリー&タイム』に、「七つの水仙」はザ・ブラザーズ・フォーの『グレイティスト・ヒット』に収録。登場する映画『卒業』は、DVD版とBlue Ray版が販売されていて、いずれも、アマゾンより購入できます。興味のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください。

      



        

 おじが「後悔していること」が、どうしても気になった。
 あの口ぶりからすると、おじが後悔しているのは、おじの「エレーン」だったに違いない、真坂千里さんのことだろう――と思った。
 週の半ば、また、「千の丘」に寄った。
 「いつも、ありがとう。お近くに住んでらっしゃるの?」
 千里さんに訊かれて、ちょっとドギマギした。想定外の質問だったからだ。
 「いえ、ちょっと駅は離れてるんですけど、仕事でこちらを通ったときに……」
 「あら、じゃ、わざわざここで降りて?」
 「ハイ。一度、食べさせたら、なんか、こちらのパンの味、うちのおじとかも気に入っちゃって。また、あれ買ってきてよ――なんてリクエストされちゃうんですよね」
 「ますます、ステキなおじ様ね。よろしくお伝えください」
 ハイ、それはもう、いっぱい伝えちゃいますよォ――と、胸の中で答え、いつものようにカフェに座って、カフェオレとガーリック・トーストを注文した。
 カフェには他に客はなく、千里さんは、ちょっとヒマなように見えた。
 「ハイ、お待ちどおさま。きょうは、ブルスケッタはないのよ」
 「あ、そんな……。でも、いただいたガーリック・オイルで、こないだの日曜日、家のお昼に作って、みんなに食べさせたんですよ」
 「どぉ? 喜んでもらえました?」
 「おかげさまで。特に、おじなんて、大喜びでした」
 「そう。それはよかったわ」
 「あの……」
 私は、思いきって訊いてみることにした。
 千里さんは、「何かしら?」という目で、私の顔をのぞきこんでいた。

        

 「もしも……ですよ。もしも、千里さんにその昔、『七つの水仙』を歌ってくれた人が、いまになって『会いたい』って言ってきたら、千里さんはどうします?」
 千里さんは「エッ!?」という顔をしたまま、私の顔を見つめている。
 「どうして、突然、そんなことを?」という顔だった。
 「実は、いま、私、迷ってて……」
 千里さんは、婦人科の女医のような顔で、私の顔をのぞき込んだ。
 その目が、「何か重大な問題があるの?」と問いかけていた。
 「私、学生時代に尊敬してた男性がいたんです。その人は……」
 私が話して聞かせる鳴尾聡史とのいきさつを、千里さんは、自分のことのように聞いてくれた。
 聞き終わった千里さんは、「私も飲もうかな」とキッチンに立った。ミルクたっぷりのカフェオレが入ったマグカップを両手で包み込むように持ってきて、私の正面に腰を下ろすと、立ち上る湯気の向こうから、真剣だけどやさしい目を差し向けてきた。
 「私だったら……」
 そう言って、いったん、目をカップの中に落とす。
 ゆっくり挙げた目の中には、カフェオレ色に柔和に輝くひとみの色があった。
 「会いに行っちゃうな。自分のためじゃなくて……」
 そして、その口からは、おじが口にしたのと同じ単語が飛び出した。
 「会って後悔するより、会わなくて後悔することのほうが、たぶん……大きいと思うから」
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