万葉の時代の「妻問婚」。これ、現代でも使えるゾ!

万葉の時代、結婚は、男が女の元に通ってくる
「妻問婚」でした。これ、現代でも使えそうですよ!
性とエッチの《雑学》file.114 R15
このシリーズは真面目に「性」を取り上げるシリーズです。15歳未満の方はご退出ください。
【今回のキーワード】 妻問婚 通い婚

【リンク・キーワード】 エロ エッチ 官能小説 オーガズム 不倫
前回は、男の実家が「嫁」となる女の適性をチェックするための「足入れ婚」という制度について、お話しました。
この制度は、第二次世界大戦が終わる頃まで、農村部(特に東北地方)などでは、実際に行われていた風習でした。
では、その前は、どうだったのか?
今回は、その話をしてみようと思います。
実は、古代の日本社会では、「婚姻」の形態は、とてもあいまいだった――と言われています。いま風に言うと、ほとんど《多夫多妻》に近く、「○○家」と「○○家」の婚姻なんていう考え方は、まったく存在しませんでした。
プロポーズして、親が認めて、「きょうからふたりは夫婦」なんていう婚姻関係では、まるっきりなかったわけですね。
では、どうしたか――というと、男が女の元に通ってきたわけです。一種の「通い婚」です。
ふだんは、男も、女も、それぞれの氏族の元で暮らしていて、会いたくなると、男が女のもとを訪ねて「求婚」するわけです。
この「求婚」行為を「よばい」と言いました。
後の時代に登場する「夜這い」は、この「よばい」の当て字だろうと言われています。
その頃の「結婚」は、チョー簡単でした。
男が女のもとを訪ねて、「妹子よ、妹子。一発、やらせてよ」と言い、女が「いいわよ」と言えば、それで、結婚成立。
実際、そんな露骨な言い方をしたかどうかはわかりませんが、男は、女の家の戸口に立って女にそう呼びかけ、ときには、歌を贈ったりして、求愛したようです。
本人同士が、「抱きたい」「いいわよ」と合意しただけで、結婚が成立。後に、女がそれを親に事後報告して了解されれば、公式に婚姻と認められたのだそうです。
この婚姻形態は、「妻問婚」と言われています。
この制度は、第二次世界大戦が終わる頃まで、農村部(特に東北地方)などでは、実際に行われていた風習でした。
では、その前は、どうだったのか?
今回は、その話をしてみようと思います。
実は、古代の日本社会では、「婚姻」の形態は、とてもあいまいだった――と言われています。いま風に言うと、ほとんど《多夫多妻》に近く、「○○家」と「○○家」の婚姻なんていう考え方は、まったく存在しませんでした。
プロポーズして、親が認めて、「きょうからふたりは夫婦」なんていう婚姻関係では、まるっきりなかったわけですね。
では、どうしたか――というと、男が女の元に通ってきたわけです。一種の「通い婚」です。
ふだんは、男も、女も、それぞれの氏族の元で暮らしていて、会いたくなると、男が女のもとを訪ねて「求婚」するわけです。
この「求婚」行為を「よばい」と言いました。
後の時代に登場する「夜這い」は、この「よばい」の当て字だろうと言われています。
その頃の「結婚」は、チョー簡単でした。
男が女のもとを訪ねて、「妹子よ、妹子。一発、やらせてよ」と言い、女が「いいわよ」と言えば、それで、結婚成立。
実際、そんな露骨な言い方をしたかどうかはわかりませんが、男は、女の家の戸口に立って女にそう呼びかけ、ときには、歌を贈ったりして、求愛したようです。
本人同士が、「抱きたい」「いいわよ」と合意しただけで、結婚が成立。後に、女がそれを親に事後報告して了解されれば、公式に婚姻と認められたのだそうです。
この婚姻形態は、「妻問婚」と言われています。

なんとおおらかな――と、管理人はうらやましくて仕方がないのですが、だいたい『万葉集』の時代くらいまでの日本での婚姻は、そんなものだったようです。
そして、男が女のもとに通ってくるという形は、その後の平安時代ぐらいまで続いた、と言われています。
婚姻が簡単なぶん、離婚も簡単でした。

夫が通って来なくなったら、「床去り」「夜離れ」などと言われて、それで離婚成立。通ってきた夫を妻が追い返しても、離婚成立となりました。
もともと、婚姻届なんてものもなく、契約書も誓約書も交わさない時代ですから、離婚となっても、慰謝料なんてものはなし! おたがいに、何のペナルティも課されませんでした。
もともと、妻の財産は妻の氏族が管理し、
夫の財産は夫の氏族が管理するというシステムですから、
財産分与なんてものもなし!
子どもはというと、もともとふたりの間に生まれた子どもは、妻の一族が養育するもので、夫の一族が介入することはできない仕組みになっていましたから、親権を巡って夫婦が争うということもありませんでした。
そもそもです。
女は自分の家にいて、男がそこに通ってくるわけですから、その男が「ひとりだけ」とは考えにくい。おそらくは複数の男が、「いいわよ」と招き入れられて婚姻関係を結んだのではないかとも想像できます。
となれば、子どもの父親がだれかを知っているのは、女だけ――ということになります。それも、「主婦のカン!」によって推測するだけ。
いいですねェ、優雅で。
どうも、この時代の日本社会は、「女系制」に近かったのではないか――とも、私には思えます。
少なくとも、武家が社会を牛耳るようになるまでは、こういう社会が続いたわけで、それは、日本がもっとも平和だった時代のようにも見えます。

実は、長住は、日本が明治になって取り入れた西洋式の「契約型結婚制度」が好きではありません。
「一夫一妻制」も、愚かな選択だと思っています。
ここへきてやっと、「婚外子(婚姻関係によらない子ども)」の権利を「嫡出子(婚姻関係による子ども)」と同等に扱う――という法改正が行われましたが、まだまだ不十分だと思っています。
一人の夫とひとりの妻が、「核家族」を形成して子どもを育てる――というシステムは、もう、破たんしかけています。
それについては、また、機会を改めて解説しますが、そこでヒントになるのが、今回、ご紹介した古代の婚姻制度です。
万葉の昔におおらかにうたわれた「妻問婚」って、
もしかしたら、いまの時代に向いているのではないか?
長住は、ふと、そんなことを感じたりするわけです。
男も、女も、それぞれの父母のもとで暮らしながら、会いたいときにだけ、妻のもとへ夫が通う。形としては、「通い婚」であり、同時に「別居結婚」でもある――という形です。
これなら、老親を「孤独」にしなくてもすむ。子どもも、妻の一族が養育するという形にすれば、「保育所不足」の問題も解消します。
総理大臣閣下、もし「日本を取り戻す」とおっしゃるなら、これくらい古い「日本」を取り戻しては――と思うのですが、いかが?


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