ミセス・ボディショット〈16〉 愛のために闘う

車椅子の伸男が声援を送る中、本線1回戦が始まった。
幸恵の手首には、伸男が渡したミサンガが巻かれている。
聡史の闘う理由が、そのとき、変わった――
マリアたちへ 第16話
ミセス・ボディショット〈16〉
前回までのあらすじ 40歳でテニスを始めた海野聡史は、レッスンのラリー練習で、有賀幸恵のボディショットに下腹部を直撃される。幸恵はクラスに4人だけいる女子の中でも、ちょっと目を引く美人だった。幸恵には夫がいて、テニスもふたりで始めたのだが、その夫は体を壊して、いまは休んでいるという。ある日のラリー練習で、聡史は幸恵とペアを組んで、見事なフォーメーション・プレーを見せ、相手ペアを下した。至福の瞬間だった。なぜか、幸恵と組むと、聡史の足は燃えた。その数週間後、「関東地区ASK杯争奪テニス大会」のエントリー受付が発表された。「オレと組まない」と誘いかけてくる大沢の誘いを断って、幸恵がパートナーに選んだのは、聡史だった。「サーブに不安がある」と言う聡史を、幸恵はプライベート・レッスンに誘い、さっさとコートを予約。それは、聡史のオフィスのすぐ近くにある都営のコートだった。練習が終わると、幸恵が「オフィスのシャワーを借りたい」と言い出した。トレーナーの下から湯上りの脚をのぞかせて立つ幸恵。ふたりの唇は、どちらからともなく近づき、ふたりは小さな罪を犯した。やがて大会の予選が始まった。1回戦の相手は、格上のUMペア。しかし、海野・有賀ペアは、絶妙のフォーメーション・プレーで、その強敵を下した。続く2回戦を快勝して、3回戦は、またもUMペアとの対戦。ゲームはデュースを繰り返して20-20の熱戦となった。疲れはピーク。ファースト・サービスをミスった聡史に幸恵が耳打ちする。「このゲーム取ったら、お尻触らせてあげる」。燃えた聡史のサーブが決まって、3回戦突破! 「ふたりだけで祝勝会しない?」と幸恵が言い出した。「亭主公認だから」と言う幸恵は、聡史の手を取ると、それを自分の尻に導いた。「約束だから」と。幸恵は、これも、亭主に報告するのだろうか? そして、自分は、亭主公認の遊び相手という存在になるのか? やがて、予選の決勝の日がやってきた。「紹介するね」という幸恵の声に振り向くと、そこには車椅子の男がいた。幸恵の夫・伸男だった。「善戦を期待します」と差し出された手を、聡史は握り返した。しかし、ゲームはスコア5-7で惜敗。格上のUペアとの闘いにしては善戦と言えた。闘い終えた聡史たちに、伸男が声をかけた。「ふたりはほんとにいいペアですね」――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
「ASK杯争奪関東テニス大会」は、いつものスクールではなく、隣県のM市にあるスクールで開かれた。
各スクールの予選を勝ち抜いた2組ずつ、計8組がトーナメント形式で順位を争う。ダブルスの決勝トーナメントに勝ち上がってきたのは、U同士のペアが2組、UM同士のペアが3組、UMとMのペアが1組、M同士のペアが2組だった。
会場となったスクールは、4面あるコートのすべてがオムニで、そのうち1面が屋外となっている。ダブルスのトーナメントは、その屋外コートで行われることになった。それは海野・有賀ペアにとっては、ラッキーでもあった。屋外のオムニ・コートは、プライベート・レッスンで経験済み。ボールのはずみ方も、足の滑り具合も、しっかり、頭の中にインプットされていた。
屋外のそのコートは、屋内のコートよりも敷地を広めにとってある。コートの両サイドにも余裕があるので、ギャラリーはコート・サイドにパイプ椅子を置いてゲームを見物することができる。そこには、車椅子の有賀伸男の姿もあった。
その日の有賀幸恵は、白地にピンクのラインが入ったフレアのスコート姿。その上には、いつものポロではなく、襟ぐりのゆったりとした淡いピンクのTシャツ。頭には、同色のヘアバンドを巻いていた。すべて「ellesse」。テニスウエアとしては、晴れ着のようなコーディネートだった。幸恵がいつもより強く「女」を意識していることが、聡史にも感じられた。
決勝トーナメント用? それとも、ダンナが見ているから?
「フーン」と見とれていると、幸恵が「何か?」という目で自分の姿を見回し、それから聡史の前でターンして見せた。
「意外と無邪気なんだね」
「意外と……じゃないでしょ?」
「でもさ……」
「何?」
「せっかく晴れのウエア着てるんだから、1回戦で負けちゃ、もったいないよね」
「負けないでしょ? 負けないようにガンバろう。約束!」
そう言って、幸恵は、肘で直角に折り畳んだ腕を、聡史のほうに差し出した。
上向きに差し出された幸恵の手に聡史は自分の手を絡ませた。親指と親指の根元同士を絡ませ、残りの指で相手の手の甲を包み込む。細くて、繊細で、やわらかい幸恵の指が、ありったけの力で聡史の手を包んでくる。
絶対に負けたくない――という意志が、その指から伝わってきた。
その意志をくじかせてはいけない――という気持ちが、聡史の中に強く芽生えた。

1回戦の相手は、UM同士のペアだった。
ゲームが始まる前に、幸恵は、ギャラリーの中にいる夫・伸男の元に駆け寄った。
車椅子の位置を直し、二言、三言、言葉を交わすと、伸男がポケットをまさぐって幸恵に何かを差し出す。幸恵はそれを自分の手首に巻き付け、それから顔を近づけて、左の頬と右の頬を交互に合わせた。
「きっと勝てる、ガンバれ! だって」
言いながら、手首に巻きつけたものを聡史の目の前でヒラヒラさせた。紺とグリーンの2色で編み込まれたミサンガだった。
ギャラリーに目をやると、車椅子の有賀伸男が親指を立てた拳を突き出して見せた。
そうか――と、聡史は思った。
幸恵の「負けられない理由」。その正体がわかったような気がした。
よし――と、聡史は思った。
幸恵のその理由のために、ガンバってみるか。
幸恵の「負けられない理由」は、そのとき、聡史の「負けられない理由」にもなった。
ゲームは、聡史のサービス・エースから始まった。
格上のUMペア相手に、海野・有賀ペアは絶妙のフォーメーション・プレーを見せた。ペアを組んで、これで4試合目。聡史には、幸恵が次に何をしようとしているか、聡史にどうしてほしいと思っているかが、手に取るようにわかった。
2ポイント目は、幸恵のリターンを相手前衛がボレーしたところを、聡史が横っ飛びのボレーで相手のボディに叩き込んで2-0。
3ポイント目は、幸恵のリターンを相手後衛がパッシングに打ってきたところを、聡史がボレーで返し、返ってきたチャンス・ボールを幸恵がスマッシュして、3-0。
4ポイント目は、幸恵のサービスを相手がリターン・エースにして3-1。
しかし、続く5ポイント目は、相手のサーブ・リターンがロブとなって聡史の頭の上を越えようとするところを、聡史が後退しながらのジャンピング・スマッシュで決めて4-1。
6ポイント目は、聡史のサーブがコーナーに決まって、5-1。
7ポイント目は、長いラリーの末に、前衛2人となった相手のセンターを聡史のストロークが抜いて6-1。
8ポイント、9ポイント目を相手に取られて6-3となったが、10ポイント目は、相手サーブを打ち返した聡史のリターンが、相手前衛のサイドをラインぎりぎりに抜けるエースとなって、7-3で、聡史たちの勝利となった。
これで、ベスト4進出。

準決勝の相手は、U同士のペアとの対戦となって、4-7で敗れてしまったが、続く3位決定戦では、UMとMのペア相手を7-2で下して、結局、海野・有賀ペアは3位入賞。「1か月分のスクール料無料」という賞品をゲットした。
その日の聡史の足は、よく動いた。
ふだんなら、あきらめてピクリとも動かない打球に対しても、一歩の踏み出しが早いために、ぎりぎりで球際に追いつき、「ナイス・キャッチ」を繰り返した。
聡史の足を燃やしたものの正体が何であるかに、聡史はうすうす気づいていた。
ラリー練習で初めて幸恵とペアを組んだときに聡史の足を燃やしたのは、「海野さ~ん、お願~い!」という幸恵の叫び声だったが、この日は違った。
自分は、いまはコートに出られない有賀伸男のために闘っているのだ――という気持ちがどこかにあった。簡単にあきらめてしまうことは、コート・サイトから勝利を祈る伸男の闘志をくじくことになってしまう。
どんな状況になっても、あきらめられない――という強い気持ちが、聡史の足を燃やし、腕を振るわせた。
これは、愛の闘いだ、と聡史は思った。
正確に言うと、ふたりの愛に捧げるもうひとつの愛の闘いだった。
優勝はできなかったが、3位という結果は、その闘いの成果としては、そこそこ満足できるものだった。
表彰式を終えてコート・サイトにいる伸男のところへ行くと、伸男は両手を差し出して聡史の手を握ってきた。
「ありがとう。自分が闘っているように楽しめましたよ」
力の限り握り締めてくる手は、その言葉がウソではないことを示していた。
さて、これで役目は果たし終えた。
更衣室へ向かおうとする聡史に、背中から伸男の声が飛んできた。
「よかったら、クルマでお送りしますよ。駐車場で待ってますから」
どうしようか……?
一瞬、迷ったが、聡史は好意に甘えることにした。
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