ミセス・ボディショット〈15〉 妻をよろしく

車椅子の幸恵の夫・伸男に「善戦を」と期待された決勝戦。
しかし、ゲームは苦しい展開。そのとき、聡史の目に、
ガラス窓越しにエールを送る、伸男の姿が見えた――
マリアたちへ 第16話
ミセス・ボディショット〈15〉
前回までのあらすじ 40歳でテニスを始めた海野聡史は、レッスンのラリー練習で、有賀幸恵のボディショットに下腹部を直撃される。幸恵はクラスに4人だけいる女子の中でも、ちょっと目を引く美人だった。幸恵には夫がいて、テニスもふたりで始めたのだが、その夫は体を壊して、いまは休んでいるという。ある日のラリー練習で、聡史は幸恵とペアを組んで、見事なフォーメーション・プレーを見せ、相手ペアを下した。至福の瞬間だった。なぜか、幸恵と組むと、聡史の足は燃えた。その数週間後、「関東地区ASK杯争奪テニス大会」のエントリー受付が発表された。「オレと組まない」と誘いかけてくる大沢の誘いを断って、幸恵がパートナーに選んだのは、聡史だった。「サーブに不安がある」と言う聡史を、幸恵はプライベート・レッスンに誘い、さっさとコートを予約。それは、聡史のオフィスのすぐ近くにある都営のコートだった。練習が終わると、幸恵が「オフィスのシャワーを借りたい」と言い出した。トレーナーの下から湯上りの脚をのぞかせて立つ幸恵。ふたりの唇は、どちらからともなく近づき、ふたりは小さな罪を犯した。やがて大会の予選が始まった。1回戦の相手は、格上のUMペア。しかし、海野・有賀ペアは、絶妙のフォーメーション・プレーで、その強敵を下した。続く2回戦を快勝して、3回戦は、またもUMペアとの対戦。ゲームはデュースを繰り返して20-20の熱戦となった。疲れはピーク。ファースト・サービスをミスった聡史に幸恵が耳打ちする。「このゲーム取ったら、お尻触らせてあげる」。燃えた聡史のサーブが決まって、3回戦突破! 「ふたりだけで祝勝会しない?」と幸恵が言い出した。「亭主公認だから」と言う幸恵は、聡史の手を取ると、それを自分の尻に導いた。「約束だから」と。幸恵は、これも、亭主に報告するのだろうか? そして、自分は、亭主公認の遊び相手という存在になるのか? やがて、予選の決勝の日がやってきた。「紹介するね」という幸恵の声に振り向くと、そこには車椅子の男がいた。幸恵の夫・伸男だった。「善戦を期待します」と差し出された手を、聡史は握り返した――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
「善戦を」と有賀伸男にエールを送られたUペアとの対戦だったが、コートで実際にその球を受けてみると、力の差は歴然だった。
聡史が打ち込んだ渾身のサーブは、簡単にリターン・エースになってしまう。相手が打ち込んでくるサーブは、幸恵のラケットにかすりもしない。
あっと言う間に、0-5と追い込まれ、聡史が後衛としてレシーブに回ることになった。バックラインやや深めで何とかサーブを拾おうと構える聡史に、幸恵が近寄ってきた。
「あの人のサーブ、スウィングしてもクリーン・ヒットしないと思う。前に出て、当てるだけにしたほうがいいかもしれないよ」
幸恵がたまにささやいてくるアドバイスは、聡史も驚くほどに的を射ている。
ナルホド……と、聡史は思った。
下がってハード・ヒットするのではなく、前に出て軽打。聡史は、バックラインを越えて、二足分ほどサービスライン寄りにポジションをとってラケットを構えた。
そこへ相手サーバーのファーストが、サイドへ鋭く伸びてきた。下がって待っていたのでは、おそらく、サイドへ大きく逃げていく球に追いつくことができなかっただろう。しかし、前に出ていた分だけ、何とか足は追いつけそうな気がする。
聡史は、バックスウィングをとらず、最初からラケットを体の前方に構えて、フェースだけを球の軌道に合わせる打法をとった。そのフェースに少しアングルをつけた。
手ごたえがあった。
スイートスポットにヒットした打球は、ショート・クロス気味に、相手コートのネット際、サイドラインぎりぎりに飛んでいく。サーバーがダッシュしてくる姿が見えた。その姿を視界に捉えながら、聡史はセンターのケアに走った。
聡史がセンターに走るのを見て、幸恵はラインを締めた。相手サーバーは、聡史のリターンに追いつくのがやっとだった。力ない球がネットを越えてくるところに、幸恵がボレーで飛びついた。その球が、相手コートのセンターを抜けていく。
有賀伸男が指摘したとおり、相手ペアのセンターはガラ空きだった。そのガラ空きのセンターをあざ笑うように、幸恵のボレーはエースとなって相手コートに転がった。
「やったー」と、幸恵が両手を突き上げ、聡史はその手とハイタッチを交わした。
その1ポイントでゲームの流れが変わった。続くポイントを連取して2-5。再び、サーブ権が聡史に戻ってきた。

まさか、Uのペアを相手にほんとうに勝てるとは、思っていなかった。しかし、なんとかいい勝負には持ち込めそうだ。
その希望に、聡史は奮い立った。奮い立ったぶん、少し肩に力が入った。
ファーストを打ち込む腕に、少しだけ打ち下ろそうとする気持ちが加わって、ボールはネットにかかり、フォールトとなった。
いかん、いかん。力、入りすぎだろう。
そう思って深呼吸し、天井を見上げた。その目に、窓ガラス越しにコートを見下ろす車椅子の人物の姿が見えた。有賀伸男だった。
聡史と目が合うと、伸男は、「やあ」というふうに手を挙げ、それから、両方の肩をくるくると回して見せた。どうやら、「力を抜け」と言っているらしい。
聡史は、自分でも肩をグルッと回して、セカンドのためのトスを上げた。しかし、今度は力を抜きすぎたのか、そのトスが低い。これじゃ、打てない。トスのやり直しだな。振り上げようとしたラケットの力を緩めたとき、聡史の目には、相手コートのレシーバーの動きが映った。構えたラケットを下ろし、フッ……と体の力を抜く様子が見えた。
そのときだった。
聡史の頭の中に、突然、ひらめいたものがあった。
そうか。アンダーがあった!
落ちてくるトスのボールに向けて、聡史はアンダーからラケットを振り出した。ボールとラケットが当たる瞬間、聡史はラケットのフェースをやや上向きに変えて、思いきりボールにバックスピンをかけた。
ラケット面がシュリッという音を立て、ボールはふわっと浮き上がってネットを越えていく。相手コートのレシーバーがあわててダッシュしてくるのが見えた。しかし、間に合わなかった。
聡史のセカンドは、まるでドロップ・ショットのように相手コートのネット際に落ち、しかもバックスピンがかかった球は、ほとんどバウンドせずにコートに落下した。
ケガの功名と言えば、言えなくもない。しかし、そのサーブは、卓球で言う「投げ上げサーブ」のようなものだ。力で勝る相手に力で対抗しようとしても、とてもかなわない。
そうか、この手があった――。
聡史のアンダーハンド・サーブは、相手の守備陣形を混乱させた。
続く2本目では、聡史は、フェイントをかけた。トスアップした球を強打するフリをしながら、その球が腰のあたりまで落ちてくるのを待ち、再び、アンダーハンドで打った。打つと同時にネットにダッシュした。
今度は、拾われた。相手の後衛が拾った球は、ネットすれすれを越えて聡史のサイドに飛んでくる。しかし、ネット・ダッシュしていた聡史は、その球に間に合った。相手の前衛は、聡史が拾った球をボレーしようとネットに詰めている。
そのまま強打したのでは、そのボレーの網にかかってしまう。
聡史は、落ちてきた球を強打するフリをして、インパクトの瞬間にラケット面を開き、ボールを下側からこすり上げた。聡史の打球は、トップスピン・ロブとなって、前衛の頭を越えた。越えた球が、相手コートのコーナーに向けて飛んでいく。
落ちろ! 聡史はラインを固めながら、念じた。
相手の後衛が懸命にフォローに走っていくが、それより早く、聡史のロブは相手コートのバックラインとサイドラインが交差するあたりに落ち、そのままエースとなった。
駆け寄ってきた幸恵が、ガッツポーズを作った手で、聡史の手とハイタッチを交わした。
上を見ると、ガラス窓の向こうで、伸男も拳を振り上げていた。

ポイント4-5。
何とかいけるんじゃないか――と思ったが、サーブ権は相手に移り、サービス・エースを奪われて、4-6。Wマッチポイントを握られた。
次のポイントは、何とか幸恵がリターンを返し、長いラリーの末に、相手のストロークがオーバーとなって5-6。
しかし、そこまでだった。
最後は、幸恵のサーブに相手の強烈なリターンが返ってきた。聡史がなんとか追いついたが、返した球は山なりのチャンス・ボールになった。そこを強烈なスマッシュで決められた。
幸恵はガックリ肩を落としたが、Mレベルのペアとしては、善戦と言えるゲームだった。
相手ペアと握手を交わし、ふたりでクラブハウスに引き上げると、有賀伸男が拍手で迎えてくれた。
「ナイス・ゲームでした」
「いやあ、もうちょっといけるかなぁ……と思ったんですけどね」
「惜しかったですねェ。うちのが、もう少し踏ん張れればよかったんだけど……」
チラと自分の女房を見やる伸男の視線に、幸恵がプーッと頬をふくらませた。
「エーッ、私のせいなの?」
「いやいや、幸恵さんは、よくやったんじゃないですか。私が、ちょっと不甲斐なくて……。最後のポイントなんて、中途半端な打ち方してしまったから……」
「しょうがないよ。あれは、返すのがやっとの球だもん。私のサーブが甘かったんだわ」
ふたりのやり取りを聞いていた伸男が、ニヤリと笑った。
「いいペアですね。幸恵が海野さんと組みたがるわけだ」
「エッ……!?」
「こいつね、海野さんと組むのがうれしくてたまらないみたいですよ」
「もォ――ッ、変なこと言わないでよ」
幸恵は、プイと怒って、車椅子のグリップに手をかけた。
「じゃ、私、主人をクルマに乗せるんで……」
車椅子を押されながら、伸男が振り向いて言った。
「本戦もガンバってください。本戦が終わったら、慰労会でもやりましょう」
伸男は頭の上で手を振りながら、幸恵に押されて、車椅子ごとエレベーターに消える。
その姿を見送りながら、聡史は不思議な気分になった。
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