「達成感」は、いつか必ず、あなたを裏切る

「目標」を立てて、その「達成」に向けて努力する。
得られるのは、「達成感」という名の報酬です。
しかし、この「達成感」というのは、「消えもの」です。
「達成感」頼みの人生は、最後には裏切られてしまいます。
では、どう考えるべきか? 今回は、そんな話を――。
得られるのは、「達成感」という名の報酬です。
しかし、この「達成感」というのは、「消えもの」です。
「達成感」頼みの人生は、最後には裏切られてしまいます。
では、どう考えるべきか? 今回は、そんな話を――。
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よく、「人生の目標は何ですか?」と尋ねる人がいます。
バカなこと訊くなぁ……と思いながら、私はこう答えます。
「特になし」
おバカなその人は、「エッ!? ないんですかァ?」と、変質者を見るような目でお尋ねになるので、私は、仕方なく答えます。
「すべてを失うことです」
その人は、目をパチパチ。
やがて力なく首を振って、「こんなやつに訊いた自分がバカだった」という顔をして、立ち去っていかれます。
そうなのです。
人生には「目標」なんてない!
それが、私の人生観を構成するもっとも重要なコンセプトです。
私は、こう思っています。
人とは、すべてを失う日(=「死」)に向かって、
束の間の日々を生かされている存在にすぎない。
なので、「私は○○になる」「○○を成し遂げる」などという目標は、設定しないことにしています。
目標などは設定せず、その日、その時を、ただ謙虚に、一生懸命生きる。
それでいい――というより、人とはそうあるべき、と考えています。
しかし、それでは不安なので、人は、何やかやと目標を設定し、その目標を達成することによる「達成感」を心の糧として、生きようとします。
人間にとって、これほどの「苦役」はない――と、私は思っています。
「達成感」を得ようとして「目標」を設定し、やっと「達成感」を得たと思ったら、その瞬間に、その「達成感」は、霧と消えてしまいます。何日かは、その満足感に浸っていられるかもしれませんが、あとには、虚脱感だけが残ります。達成された「目標」は、達成された瞬間に「目標」ではなくなるのですから、この虚脱感を埋めようとしたら、また、新たな「目標」を探すしかなくなります。
これを、永遠に繰り返すことになるわけです。
私は、この《目標と達成感》ということを考えるたびに、ギリシャ神話に出てくる「シジフォス」の話を思い出します。
バカなこと訊くなぁ……と思いながら、私はこう答えます。
「特になし」
おバカなその人は、「エッ!? ないんですかァ?」と、変質者を見るような目でお尋ねになるので、私は、仕方なく答えます。
「すべてを失うことです」
その人は、目をパチパチ。
やがて力なく首を振って、「こんなやつに訊いた自分がバカだった」という顔をして、立ち去っていかれます。
そうなのです。
人生には「目標」なんてない!
それが、私の人生観を構成するもっとも重要なコンセプトです。
私は、こう思っています。
人とは、すべてを失う日(=「死」)に向かって、
束の間の日々を生かされている存在にすぎない。
なので、「私は○○になる」「○○を成し遂げる」などという目標は、設定しないことにしています。
目標などは設定せず、その日、その時を、ただ謙虚に、一生懸命生きる。
それでいい――というより、人とはそうあるべき、と考えています。
しかし、それでは不安なので、人は、何やかやと目標を設定し、その目標を達成することによる「達成感」を心の糧として、生きようとします。
人間にとって、これほどの「苦役」はない――と、私は思っています。
「達成感」を得ようとして「目標」を設定し、やっと「達成感」を得たと思ったら、その瞬間に、その「達成感」は、霧と消えてしまいます。何日かは、その満足感に浸っていられるかもしれませんが、あとには、虚脱感だけが残ります。達成された「目標」は、達成された瞬間に「目標」ではなくなるのですから、この虚脱感を埋めようとしたら、また、新たな「目標」を探すしかなくなります。
これを、永遠に繰り返すことになるわけです。
私は、この《目標と達成感》ということを考えるたびに、ギリシャ神話に出てくる「シジフォス」の話を思い出します。

シジフォスは、コリントの王で、死神をさえ欺くと言われた狡知に長けた人物でしたが、あるとき、大神ゼウスの隠れ家を告げ口したとしてその怒りに触れ、地獄に落とされて、永遠の責め苦を負わされます。
その「責め苦」というのは、重い岩を転がして山の上まで上げる――というものでした。シジフォスがやっとの思いで山の上まで岩を運び上げると、その岩は、たちまち急斜面を転げ落ちてしまいます。再び、ふもとまで下りて岩を転がして頂上まで運ぶ。また、転がり落ちる。これを、永遠に繰り返すわけです。
ギリシャ神話の中には、この種の話がいくつも登場します。
「目標」と「努力」と「達成感」の関係は、この神話に出てくる「山の頂」と「重い岩」と「転げ落ちる岩」の関係によく似ています。
神話の中では、この種の話は、思い上がった人間に対する「神の罰」として登場します。実存主義の世界では、人間が背負わされた「不条理」を表す話として取り上げられたりもしました。
こういう話をすると、みなさんの中には、「目標」なんか設定するな――と言いたいのね、と思う方もいらっしゃるかもしれません。
違います。
私が申し上げたいのは、「目標を設定するな」ではありません。《目標を設定して、その達成のために努力する》というのは、少なくとも、受検勉強とかビジネスといった実務的な世界では、有効な手段であろうと思います。
しかし、実務的には有効――という以上の意味は持ちません。
そこに、人生の価値を見出そうとしたら、つまずきますよ――ということを申し上げたかったわけです。

たとえば、夏休みとかお正月休みのことを考えてみましょうか?
よし、この休みの間に、あれもしよう、これもしよう。家はピカピカに磨き上げよう。書きかけた論文や小説を書きあげよう。作りかけたプラモデルを完成させよう。勉強して○○の資格を取ろう。
そんな欲張りな計画を立てる人もいるかもしれません。
計画や目標を立てることは、何もしないでのんべんだらりと休暇を過ごすより、数段、有意義なことだと、筆者も思います。
しかし、その「計画や目標の達成」が「休暇の価値」とイコールになっていると、ちょっと問題あり!
まず、計画や目標が思ったように遂行できなかったときが問題です。
「ああ、あれもやらなかった」「これにも手がつけられなかった」と後悔ばかりが残り、ヘタすると、「オレ(私)ってダメなやつだなぁ」という「自己嫌悪」を抱え込むことになります。
仮に、すべての計画・目標を達成できたとしたらどうでしょう?
「ああ、やるべきことは、全部、やってしまったなぁ。もう、何にもやることがなくなっちゃった」と、虚脱感に襲われてしまうかもしれません。
繰り返しますね。
計画や目標を立てること自体は大いにけっこう。
しかし、その遂行や達成に「休暇の価値」を依拠させるような考え方をしていると、その計画や目標が挫折しても、達成できても、虚しさだけを抱え込むことになりかねません。
人生もこれと同じだと思うのです。

「休暇」はいつか終わります。
「人生」もいつか終わります。
しかし、終わり方が少し違います。
「休暇」は、終わっても、すぐに次のステージが始まります。しかし、「人生」には「次」はありません。
しかも、人生は、いろんなことがどんどんできなくなって、最後には「何もできない」という状態になって終わります。
「達成感」は、どんどん得られなくなって、フェイドアウトしていく。それが、人の一生というものです。
言い方を変えると、こういうことです。
「達成感」頼みの人生は、
最後には、必ず裏切られる。
「目標を持つこと」と「達成すること」が大事――と主張する人たちの人生は、おそらく、この「喪失感」に耐えられないだろう、と筆者は思います。
「目標」や「達成感」は、ほんの一時、あなたの人生の刺激剤となってくれるにすぎない「消えもの」。そう思っていれば、どんな挫折にも心が折れることはないと思うのですが――。


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