ミセス・ボディショット〈6〉 他人の女房を「おかず」にするな

幸恵が誘った「オフ会」は、小山コーチの卒業祝いだった。
幹事役の幸恵の姿を、大沢がしきりにカメラに収める。
「後で使わせてもらう」という大沢を、幸恵がニラんだ――
マリアたちへ 第16話
ミセス・ボディショット〈6〉
前回までのあらすじ 40歳でテニスを始めた海野聡史は、レッスンのラリー練習で、有賀幸恵のボディショットに下腹部を直撃される。幸恵はクラスに4人だけいる女子の中でも、ちょっと目を引く美人だった。クラスの早川亮の話だと、幸恵には夫がいて、テニスもふたりで始めたのだが、その夫は体を壊して、いまは休んでいるという。ある日のレッスン前、ロビーでコーヒーを飲んでいると、「早いですね」と幸恵が声をかけてきた。聡史が独身だと知ると、幸恵は、「独身だって」と、横にいる児玉慶子の腕をつついた。その日のラリー練習で、聡史は幸恵とペアを組んだ。その幸恵の頭の上を深いロブが越えていく。「海野さ~ん、お願~い!」。幸恵の声に聡史の足が燃えた。懸命にキャッチしたボールをクロスにロブで返し、相手がやっと拾って返した緩い球を幸恵がボレーで相手コートに叩きこんだ。至福の瞬間だった。しかし、次のペアとの対戦で、聡史は、痛恨の2連続Wフォールト。何もしないままに、ゲームは終わってしまった。「ドンマイ」と声をかけた幸恵だったが、その顔は怒っているように見えた。その夜、聡史は夢を見た。幸恵が男たち数人にコートから連れ去られ、ブッシュの中で凌辱される夢だった。これも、Wフォールトの報いか…。翌週、練習を終えた聡史がロビーでコーヒーを飲んでいると、幸恵が声をかけてきた。オフ会への誘いだった。小山コーチが卒業するので、そのお祝いの会だという。聡史は出席することにした――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

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みんなが、それぞれの一杯目のジョッキを空にする頃になって、黒木敦子が「遅くなりました」とやって来た。
「あら、まだ、主役は来てないの?」と一座を見渡し、入り口に近い席に腰を下ろす。参加者の中ではいちばんの年長。50代の半ばか……と思われる年齢だが、その肌は、昨日まで南の島に行ってました、というくらいに浅黒い。きのうやきょう、テニスを始めたという人たちとは年期が違うのよ――とでも言いたげな顔を見ると、謙介は少し、肩身が狭くなった。
「先輩、そんなすみっこじゃなくて、真ん中へどうぞ」と、早川亮が中央の席を勧めるのを、「いいの、いいの。私はすみっこが好きだから」と座り込み、座り込むと同時に、「ここ、いいんですよね?」と、ポシェットからタバコのケースを取り出した。
アスリート風なのに、スモーカー。もしかして、その肌黒も、日焼けサロン? 黒木敦子という女が醸し出す雰囲気には、どこかちくはぐ……と感じさせるものがあった。
有賀幸恵が、「飲み方、どうします?」と尋ねるのを、「あ、いいわ。自分で作るから」と、くわえタバコのままジョッキを手元に引き寄せ、そこへ、手づかみで氷を放り込んで、ドボドボと焼酎を注ぐ。
その様子を、聡史も、幸恵も、他のメンバーも、あっけにとられて見守った。
「ワイルドすねェ、黒木さん」
からかうように声をかけたのは、大沢健一だった。
ホメ言葉のつもりだったのだろうが、黒木敦子はその顔をジロリとニラみ返した。
そこへ、小山真司がやって来た。
「やぁやぁ、きょうの主役がご到着ですよ、みなさん」
大沢がいち早く声をかけ、「どうぞどうぞ、特等席へ」と中央の席を指し示した。
大沢が「ここ」と示したのは、有賀幸恵の隣の席だった。

小山コーチは、女性に人気のあるコーチだった。
若くてイケメン、というだけではない。在籍する大学が有名大学であること、にもかかわらず、それをひけらかすところがないこと、本来なら一流企業に就職してもおかしくない経歴であるにもかかわらず、テニスが好きで留年を重ねていること、その教え方がていねいでやさしいこと……。
そんなところが人気の理由だろう――と、聡史は想像していた。
有賀幸恵も、そんなコーチのファンに違いない。バレンタインデーに、ローズ色の紙バッグを渡しているのを、目にしたことがある。コーチが、幸恵にだけ「くねくね打法」などとからかいの言葉をかけるのは、もしかしたら、ふたりの間に、ただのコーチと生徒というだけではない関係があるのではないか、とも想像できた。
「ホラホラ、有賀ちゃんもそこに座って、コーチのお酒を作ってあげなくちゃ……でしょ?」
大沢は、もしかして、ふたりの関係について何かを知っているのだろうか、と聡史は思ったが、そういう想像を働かせる自分がいやらしく思えたので、頭を振って脳の中に浮かんだ想像を打ち消した。
「ねェ、ねェ、コーチって、もう、ASKは辞めちゃうんですか?」
みんなで乾杯した後、すぐに質問を投げかけたのは、児玉慶子だった。
卒業が決まったということは、社会人になるということだ。テニスのコーチには本職もいるが、一般人を相手にしたスクールなどでは、大学生のアルバイトなどが多い。本職としてコーチ業を続けるには、テニスの技量はもちろんだが、プロスポーツ指導者としての人格や一般常識も求められる。そして、それは、スポーツ施設を運営する会社の社員になる、ということを意味した。
小山真司はどうするのだろう?
それは、みんなが聞きたいことでもあった。
「あ、ボクは、ASKに就職することになりましたから」
「エッ、てことは、コーチは続けるんですね?」
「場合によっては、他のスクールに異動ということもあるかもしれませんが、当面は、いまのスクールで、これまでどおり、みなさんのクラスを持たせていただくことになりました。これからも、よろしくお願いします」
「やったぁ」と児玉慶子と有賀幸恵がハイタッチで歓声を上げた。

座の雰囲気は、酒が進むほどにくだけていった。
有賀幸恵は、コーチの隣に座って、酒を作ったり、料理を取り分けたり……と、世話を焼き続けた。それを、大沢がケータイのカメラで撮り続けた。
「もう、あんまり撮らないでくださいよ、大沢さん」
幸恵が、ちょっといやな顔をした。
「おっ、怒った顔もいいね」
「もォ――ッ!」
「そうそう、その顔。ホラ、このツーショットなんて、まるで恋人同士みたいでしょ?」
そう言って、撮ったばかりのコーチと幸恵のツーショット画面を開いて見せる。
「変なこと言わないでくださいよ。貸して。消去するから」
「いやだよ。使うんだから、これ」
「使うって……何? 何に使うんですか?」
「そりゃ、あれですよ。男が使うったら、あれしかないでしょ。ねェ、海野さん。ホラ、いいでしょ、これなんか?」
大沢は、別の画面を開いて、聡史の前に差し出した。大沢がスライドショーにして見せたのは、ツーショットでも何でもない、幸恵のアップだった。串焼きのつくねを口に頬張ろうとしているところ、何かを言われた幸恵が恥ずかしそうに口元を押さえているところ、焼酎のジョッキに唇をつけようとしているところ、笑いながらコーチの腕を叩こうとしているところ……。そんな画像が、次々に画面に現れた。
それを「使う」と、本人を前にして口にする大沢という男。こいつは、どんな男なんだ――と、聡史は、少し不快になった。
「そういうの、無断で使うなんて言っちゃうと、やばいんじゃないの、大沢さん? 手が後ろに回っちゃいますよ」
「エッ、そうなの?」
「本人の了解を得ずに写真を撮ったというだけで、肖像権の侵害ということになるし、それを使うぞなんて言って、もし本人が、私はこれで不快な思いをしました――と訴えたら、セクハラだもんね。勝ち目、ないですよ」
「ヤバッ……」
それで、大沢はカメラを引っ込めた。
有賀幸恵が、「あ、海野さん、お酒、作りますか?」と聡史の顔をのぞき込み、ちょこんと頭を下げた。
その目が「ありがとう」と言っているように見えた。
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