ミセス・ボディショット〈4〉 恥辱のWフォールト

見事なフォーメーション・プレーで1組目を退けた
海野・有賀ペアだったが、2組目との対戦では、聡史が
2連続Wフォールト。幸恵は少し怒ったように見えた――
マリアたちへ 第16話
ミセス・ボディショット〈4〉
前回までのあらすじ 40歳でテニスを始めた海野聡史は、レッスンのラリー練習で、有賀幸恵のボディショットに下腹部を直撃される。幸恵はクラスに4人だけいる女子の中でも、ちょっと目を引く美人だった。クラスの早川亮の話だと、幸恵には夫がいて、テニスもふたりで始めたのだが、その夫は体を壊して、いまは休んでいるという。ある日のレッスン前、ロビーでコーヒーを飲んでいると、「早いですね」と幸恵が声をかけてきた。聡史が独身だと知ると、幸恵は、「独身だって」と、横にいる児玉慶子の腕をつついた。慶子は、どうやら独身らしい。しかし、その紹介は、聡史にとって、少し迷惑でもあった。その日のラリー練習で、聡史は幸恵とペアを組んだ。その幸恵の頭の上を深いロブが越えていく。「海野さ~ん、お願~い!」。幸恵の声に聡史の足が燃えた。懸命にキャッチしたボールをクロスにロブで返し、相手がやっと拾って返した緩い球を幸恵がボレーで相手コートに叩きこんだ。至福の瞬間だった――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

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結局、「ショーちゃんペア」との対戦は、聡史たちの勝利になった。
2ポイント目は、ショーちゃんのダブル・フォールト。
ショーちゃんのサーブは強烈だが、正確さに欠ける。3ポイント目も、ファーストがフォールトとなり、緩くなったセカンドを聡史がパッシングで返したところを、拾ったショーちゃんの球がミス・ショットとなって、あっけなく3ポイント連取で決着がついた。
そこまではよかった。
サーブ権は、勝ったチームに移る。
聡史がもっとも苦手としているのは、サーブだった。聡史は、サーブを幸恵に譲って自分は前衛に回ろうとしたが、幸恵は、首を振った。
「私、くねくね打法とか言われて恥ずかしいから」というのが、理由だった。
仕方がない。ここは、男気を見せるしかない――と、聡史は肚をくくった。
対戦相手は、早川亮と松下健一のペアだった。早川は、素直なストロークを打ってくるが、松下はスライス系のくせ球を打ってくる。まるで卓球のように手首を使って、ラケットをこねくり回してくる。気をつけるとしたら、その足元に緩い球を返してしまったときだ。
1ポイント目は、珍しく聡史のファーストが決まって、サービス・エースを取った。
2ポイント目は、ファーストが大きくオーバーしてしまい、かろうじて入れたセカンドを早川に強打された。
早川のリターンは、幸恵のサイドを抜いてパッシングになりそうだった。聡史は、そのカバーに走った。しかし、幸恵は、そのリターンを拾った。
しまった!
カバーに走った聡史のサイドはガラ空きになっている。
幸恵の返した球は松下の足元へと飛んでいき、松下はその球をドロップ・ショットでサイドラインぎりぎりに落とした。
聡史も、幸恵も、一歩も動けなかった。
「うまい!」とコーチの声が飛ぶ。
「ごめん」と謝る聡史に、幸恵が「ドンマイ」と微笑みかけた。
次のポイントは、何としても取らなくてはならない。サーブに向かう聡史の体に力が入った。それがいけなかった。
ファーストは、大きくサービスラインをオーバーして、バックライン近くまで飛んでいった。
いけない。弱くてもいいから、確実に相手のコートに入れなくては……。
軽打しようと思ったのだが、ラケットに当てるだけになったボールは、力なく、ネットにかかって落下した。
痛恨のダブル・フォールト。
ポイント1-2。
次のファーストも、フォールト。
「あれれ……?」とコーチの声が飛んだ。
もう、永久にサーブなんて決まらないんじゃないか……という思いが、聡史の体を支配した。
トスアップする腕が縮こまり、トスの高さが足りない。よほど、やり直そうかと思ったが、3連続フォールトの後では、これ以上ぶざまな姿は見せられない。強引にラケットを振り下ろしたが、打点が低くなった。ボールは、勢いよくネットに突き刺さった。
「あ~あ」
コート・サイドから何人かが声を上げるのが聞こえた。

テニスをやる人間にとって、ダブル・フォールトほどみっともないものはない。
一緒にプレーするパートナーや対戦相手に対しても、これ以上失礼なことはない。それは、彼らから「プレーするチャンス」を奪ってしまう行為だからだ。
有賀幸恵は怒っているに違いない。
ベンチに下がると、聡史は幸恵に頭を下げた。
「すみませんでした」
「あ、全然。私もときどきやりますから」
そう言いながらも、幸恵は目を合わせようとしなかった。
そこへ、コーチのひと言が追い打ちをかけた。
「有賀さんが、全然って言うときは、相当、怒ってるんですよ、海野さん」
やっぱりな――と思った。
最初のゲームで味わった至福の瞬間が、まだ聡史の手に残っていたその充実の感触が、次のゲームの「2連続ダブル・フォールト」で、霧となって消えた。ただ、消えただけじゃない。聡史の胸は、屈辱の黒い雲に支配され、足取りまでが重くなってしまった。
レッスンが終わるときには、コーチがその日の練習で気づいたことをまとめ、今後の課題などを話して締めくくるのだが、その日、槍玉に上がったのは、聡史のプレーだった。
「きょうは、すごくいいプレーとちょっと残念なプレーがありました。どっちも、海野・有賀ペアなんですけど、もう、ご本人はわかってますよね。最初のゲームでは、おふたりは素晴らしいフォーメーションを見せてくれました。ダブルスの場合は、ペアを組むふたりの間に、相手が打ち込むスペースを作らないように、常に、パートナーの動きに連動して動く判断力が必要になるんですが、海野・有賀ペアは、見事に息の合ったプレーを見せてくれました。常に、パートナーをフォローしようという気持ちが、ビンビンと伝わってきました。ダブルスのお手本のようなゲームでした」
パチパチと、クラスの全員から拍手が起こった。
「しか――し」と、コーチが続けた。
「あれはいけませんでしたね、海野さん。ダブル・フォールトは、それだけでゲームが終わってしまうプレーです。パートナーも、対戦相手も、何もできないまま、ゲームが終わってしまいますから、絶対に避けましょう」
「コーチがそんなふうに言うから、プレッシャーがかかるんですよ」
からかうように、早川が言う。
「試合になると、もっとプレッシャーがかかるんですよ、早川さん。ウインブルドンでも、ダブル・フォールトからゲームが崩れることがよくあるでしょ? ま、そういうわけなんでね、サービス練習のときから、とにかく2本のうち、確実に1本は決める。それを意識して練習するようにしましょう。ということで、きょうのレッスンは終わりにします。お疲れ様でした」

とぼとぼと、コートを歩いてクラブハウスに戻っていると、パンと背中を叩かれた。
有賀幸恵だった。
「そんな、落ち込まないでよ。たかがダブル・フォールトぐらいで」
「ありがとう。でも、たぶん、夢に出てくるかもしれない」
「エーッ!? 夢にまで出てくるの?」
「あと引くんですよね、ボクの場合」
「夢見るんだったら、あっちのほうにしたほうがいいですよ」
「あっちって……?」
「ほら、ショーちゃんのロブを拾ってロブで返したあのプレー。あれ、感動的でしたよ」
そんな話をしていると、後ろからやって来た早川が、幸恵を冷やかした。
「あの声、色っぽかったし……」
「ナニ? あの声って……?」
「海野さん、お願~い! って叫んだでしょ。みんな、言ってたよ。有賀さんって、色っぽい声出すって」
「もォ――ッ!」
幸恵が手にしたラケットを振り上げたのを見て、早川は駆け出し、その後を幸恵が追っていった。
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