ミセス・ボディショット〈3〉 至福のラリー

ラリー練習で聡史は幸恵とペアを組むことになった。
幸恵の頭の上を、深いロブが越えていく。
「海野さん、お願~い」。幸恵の声に聡史の足が燃えた…。
マリアたちへ 第16話
ミセス・ボディショット〈3〉
前回までのあらすじ 40歳でテニスを始めた海野聡史は、レッスンのラリー練習で、有賀幸恵のボディショットに下腹部を直撃される。幸恵はクラスに4人だけいる女子の中でも、ちょっと目を引く美人だった。クラスの早川亮の話だと、幸恵には夫がいて、テニスもふたりで始めたのだが、その夫は体を壊して、いまは休んでいるという。ある日のレッスン前、ロビーでコーヒーを飲んでいると、「早いですね」と幸恵が声をかけてきた。聡史が独身だと知ると、幸恵は、「独身だって」と、横にいる児玉慶子の腕をつついた。慶子は、どうやら独身らしい。しかし、その紹介は、聡史にとって、少し迷惑でもあった――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
その日のラリー練習は、3ポイント先取の勝ち抜き戦になった。
ペアはジャンケンで決められる。
クラス全体を6人ずつの2グループに分け、その中でジャンケンをして1~6番の順番を決める。両組の1番同士、2番同士……というふうにペアが決められていくのだが、聡史のパートナーは、有賀幸恵になった。
ペアが決まると、幸恵が「よろしく」と握手を求めてきた。
細くてしなやかな指が、力なく聡史の4本の指を握ってきた。
この細い指であんなライジングを打つのか――幸恵の指の微力さが、聡史には少し意外だった。
最初の対戦相手は、コーチから「ショーちゃん」と呼ばれている現役高校生と児玉慶子のペアだった。どちらも、スピン系の球を打つペアだが、ショーちゃんが豪打するのに対して、児玉慶子はやわらかいくせ球を打つ。
やりにくいペアだ。
ゲームは、「ショーちゃんペア」がサーバーということで始まった。
「フォアお願いしていいですか?」
「いいんですか?」
「わたし、バック・サイドのほうが得意だから」
フーン、そうなんだ――と思ったが、もしかしたら幸恵は、聡史にフォア・サイドを譲ってくれたのかもしれなかった。
ストロークを気持ちよく打ち込みたいタイプなら、だれでも、フォア・サイドに回りたいと思うはずだ。幸恵はそれを自分に譲ってくれたのかもしれない――と思うと、聡史は少しプレッシャーを感じた。
「あの子のサーブ、強烈だから、負けないでね」
それぞれのポジションに分かれるとき、幸恵が聡史に耳打ちした。
その言葉が、聡史には、「あなた、生きて帰ってきてね」と恋人を戦場に送り出す情婦の言葉のように聞こえた。
よし、負けられないゾ。
腹の底に力がみなぎってくるのを感じて、聡史は身震いした。

ショーちゃんのサーブは、クラスの中では、ピカ一の威力を誇っていた。
なにしろ、17歳だ。伸び盛りの体を全身バネのように使い、まるでジャンプするように伸び上がった体を一気に縮めながら、ラケットを振り下ろしてくる。
そんなファーストをサービスコート内に打ち込まれたら、まず、ラケットに当てるのが精いっぱいになる。ヘタしたらかすりもしない。
聡史は、バックラインから少し下がった位置でラケットを体の正面に構え、腰を屈めた。ショーちゃんがラケットを振り上げる動きに合わせて屈めた腰を伸ばし、足を小刻みに動かす。右か、左か? どちらに来ても、瞬時にダッシュできるように、両足首にバネを貯めた。
ショーちゃんのラケットが、目にも止まらない速さで振り下ろされる。
スパンという衝撃音とともに、黄色い球が聡史のフォア側に伸びてくる。
速い!
聡史は、正面に向けた体を右にひねり、ラケットを引きながら、ボールが着地してバウンドしてくるであろうラインを頭の中に描いた。そのラインの延長上の、おそらくはそのあたりでバウンドした球が上昇から落下に向かうであろうと思われる地点を想像して、思いきり、右足でコートを蹴り、左足を踏み出した。
足は間に合った。
よし! 腰の後ろまで引いたラケットを、想像上の打点へ向けて、勢いよくスウイングする。
しかし……振り遅れた。
ラケットにはヒットしたが、ショーちゃんの球の速さに食い込まれて、わずかに打点が後ろにずれた。
遅れてヒットした球は、相手コートに向かってではなく、コート・サイトのベンチに向かって飛んでいった。「キャッ」と叫んで、何人かがベンチから飛びのいた。
痛恨のリターン・ミス。
しかし、ジャッジ役のコーチの声は、「フォールト!」だった。横から、幸恵が「ナイス・タッチ」と声をかけてきた。
あのサーブをラケットに当てて、前に飛ばしただけでもナイスだ――という評価だろうが、それでは聡史の気は晴れない。
クソーッ、セカンドでリターン・エースを取ってやる。
今度は、バックラインより少し前に出て、再び、ラケットを構え直した。

セカンド・サービスは、スピンのかかったやや緩い球になった。
ネットを越えた球が山なりの弧を描いて、サービスラインの1~2メートル手前でバウンドした。
聡史はラケットを引いたまま、思いきりダッシュした。バウンドした球が上がりきったところを目がけて、肩の高さまで上げたラケットを水平に振り出す。
狙うのは、前衛の足元。
球は、ラケットのスイート・スポットにヒットして心地いい打球音を残し、まっすぐ、児玉慶子の足元に飛んでいく。
あわてて慶子がラケットを出すが、間に合わない。聡史のリターンは、前衛の足元を抜け、バックラインのセンターへと向けて、鋭い球足で伸びていく。
エースか……。
聡史はダッシュした勢いのままネットにつく。レシーバー側のフォーメーションは、前衛にふたりが並ぶ、という形になった。相手コートの後衛・ショーちゃんは、前衛が抜かれたボールを拾うために、スススッ……と、センターラインに向かってダッシュしてくる。
聡史は、次のプレーを頭の中で組み立てた。
あの位置で球に追いついたとしても、目の前には前衛の慶子がいる。ストレートにもクロスにも、低い球は打てないはずだ。打つとしたら、ロブだろう。
フォア側にか、バック側にか……。
見ると、幸恵は、ネットについたまま、センター側を締めようとしている。聡史もセンターをケアしながら、サイドを抜かれないようなポジションをとった。
ボールに追いついたショーちゃんのラケット面は、やや上を向いている。
やっぱり、ロブだ。聡史は、ネット近くまで詰めていたポジションを少し後ろに下げながら、ショーちゃんのスウイングを注視した。
ポーンと軽い音がした。ショーちゃんのラケットに弾き返された球が、幸恵の頭上高くに舞い上がって、バック・サイドのバックラインに向かって飛んでいく。
体を反転させた幸恵が、球を追おうとしたが、それより早く、聡史は逆サイドのバックラインに向かって走り出していた。
自分の真後ろに上がった球を背走して拾うのは、テニスでも、野球でも、難しい。
聡史が球を追ってダッシュするのを見て、幸恵が声を上げた。
「海野さん、お願~い!」
そう言うと、幸恵は、逆サイドに向けて走り出した。
幸恵の上げた声が、聡史には、拉致されて救いを求めるプリンセスの叫び声のように聞こえた。
OK! まかせて!
聡史は、猛然とダッシュした。

深いロブだった。
高々と打ち上げられた球は、逆サイドのサイドラインぎりぎり、バックライン近くまで飛んでいくように見える。
しかし、スタートが早かったぶん、何とかその球には追いつきそうに思えた。
聡史はラケットをウエスタン・グリップに握り変え、バックハンドの体勢をとりながら、相手コートに目をやった。
ロブを上げたショーちゃんは、そのままネットについて、レシーバー側の陣形は前衛ふたりになっている。児玉慶子とショーちゃんはサイド・チェンジした形になって、慶子のサイドライン側がやや緩くなっている。
打ち返すとしたら、その慶子のサイドを抜いて、ダウン・ザ・ラインにストレートを返すか、それともクロス側に深くロブを返すかだ。
しかし、やっと追いついた球だ。ストレートに打つには、打点が低すぎる。ヘタしたら、ネットにかけてしまうだろう。
聡史は、ラケット面を少し開いて、地面に落ちる寸前で球をすくい上げた。
「ナイス・キャッチ!」と、コーチの声が飛んだ。続いて、だれかの「ナイス・ロブ」という声が聞こえた。
聡史が上げたロブは、相手コートのクロス・サイドにぎりぎりの深さで飛んでいった。
ショーちゃんが、背中を見せて、懸命にその球を追う。
あれでは、キャッチするのが精いっぱいだろう。しかも、完全に背中を見せての背走だから、たとえキャッチできたとしても、その体勢からクロスに打ち返すのはむずかしい。
それを読んだのか、幸恵はライン際を締める。聡史は、幸恵の動きに合わせて、センターをケアしながら、万が一、幸恵の頭を越えるロブをストレートに打たれた場合のバックアップに備えた。
思ったとおり、ショーちゃんがキャッチした球は、サイドライン沿いにフラフラと上がってネットを越えてきた。
ボレーの体勢でその球に飛びつこうとする幸恵の動きが、聡史には、獲物に飛びかかるパンサーのように見えた。
幸恵は、肩の高さまで持ち上げたグリップで、その力のないボールをスマッシュ気味のボレーでクロスに打ち込んだ。
「ナイス・ボレー!」と声をかけたのは、早川亮だ。
ややあって、「ナイス・フォーメーション!」の声が飛んだ。小山コーチの声だった。
有賀幸恵は小さくガッツボースを作り、聡史の顔を見ると、ラケットのガットを手のひらで叩いた。
40でテニスを始めて以来、それは、聡史にとって、いちばん幸福を感じた瞬間だった。
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