葬式で「お清めの塩」を渡される理由
不純愛トーク 第229夜
人は死んだらどうなるのか? 3回にわたってお届けしてきたこのテーマ。今回は、古代の日本人は、どう考えていたのかを解説してみます。「死」を「穢れ(けがれ)」と考えた日本人は、その「穢れ」は伝染る――と考えて、死体を「野ざらし」にしていました。いまでも、お葬式の帰りに渡される「清めの塩」は、そんな時代の名残だと考えられているのですが――。
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AKI ああ、よかった。哲ジイ、まだ、ご健勝だったのですね。
哲雄 あたりまえでしょ!
AKI なんか、ここんとこ、死後の話ばっかりしてたんで、少し、心配になりましてね。
哲雄 ほんとは考えたくないんですけどね。そんな遠い未来のことなんて……。
AKI だからぁ――って、もう言わない! それで、哲ジイ、きょうは、日本が「死んだら、仏教」と言われるようになった、それ以前の話をするんでしたよね。
哲雄 ハイ。元々は、日本では、死者は野ざらしでした。
AKI エーッ!! 野ざらし……ですか?
哲雄 たぶん、平安時代の末期ぐらいまでそうだったと思います。死者の遺体は、野山にさらされて、完全に白骨になるまで、放置されていました。つまり、「風葬」だったわけですね。
AKI エッ。てことは、都の外側なんて、そこらじゅうにむくろがゴロゴロ……っていう状態?
哲雄 そうらしいですよ。文学の舞台にもなった羅生門なんて、死臭の漂う不気味な場所だったらしい。
AKI なんで、土に埋めたりしなかったんですか?
哲雄 清めるためだと思います。
AKI 清める……?
哲雄 昔の日本人は、「死」を「穢(けが)れ」と感じていました。AKIちゃん、お葬式に行ったことある?
AKI ま、何回か……。
哲雄 そのとき、「お清めの塩」をもらいませんでしたか?
AKI あ、あれ? 使っちゃいましたけど……それが何か?
哲雄 つ、使っちゃった? 何に?
AKI パスタの味付けとか……にですけど。
哲雄 このバチあたりが。あの塩は、家に入るときに、体に振りかけて「お清め」をするものなんですよ。
AKI そ、そうなんですか? 知らなかった……。
哲雄 でもね、仏教の教えのどこを探しても、「塩で体を清める」なんていう考え方は出てきません。つまり、あれは、それ以前の日本古来の風習から来ているわけです。
AKI 死を「穢れ」と考えるからですか?
哲雄 そうです。
「死者」に触れた者や葬儀に参列した者には、
その「穢れ」が伝染る
と、昔の日本人は考えていました。そのまま家に入ると、その家全体に「穢れ」が伝染る。これを「触穢(しょくえ)」と言うんですが、その「穢れ」を持ち込まないために、塩で穢れを清めたわけです。「清め」の起こりは、『古事記』によれば、「禊(みそぎ)」と「祓い(はらい)」。これを最初にやったのは、だれだと思います?
AKI もしかして、天照大御神……?
哲雄 そのお父さんの「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)」。その奥さんが「伊邪那美命(いざなみのみこと)」で、この男女二神が日本列島を産み落とした神とされているのですが、伊邪那美命は、火神である「迦具土神(かぐつちのかみ)」を産むと、死んで「黄泉の国」に行ってしまいます。嘆き悲しんだ伊邪那岐命は、妻を慕って黄泉の国を訪れるのですが、そこで目にしたのは、体中にウジ虫のわいた恐ろしい伊邪那美の姿でした。
AKI 現代風に言うと、腐乱死体!
哲雄 伊邪那岐は、驚いて黄泉の国を逃げ出し、川原で体を洗い清めます。これが「禊祓い(みそぎばらい)」。こうして、伊邪那岐は、死の穢れを取り払うんですね。「禊」は、「身を清める」ことを言い、「祓い」は、「穢れを取り払う」ことを言います。いまでも、神社には、その名残が残っています。
AKI 「お祓い」を受けるなんて言いますものね。あれは、穢れを取り払う儀式だったんですか?
哲雄 神社に入ると、最初に「御手洗(みたらし)」で手を洗うでしょ? あれは一種の「禊」なわけです。ついでのついでに言っとくと、「みたらし団子」というのは、その神社の入り口あたりで売ってる団子のことを言います。
AKI 私、団子のほうがいい。
哲雄 まったく、キミの頭の中には、食い物とセックスしかないのかね?
AKI ハイ。それがいちばん大事だと思ってますから。ね、ね、哲ジイ。最初の話に戻りますけど、死者を野ざらしにしたのは、その穢れを取り除くためだったわけですよね?
哲雄 はい。死体から霊魂が完全に離れてしまうのを待ちました。
AKI 完全に……。霊魂が離れていくのに、完全とか不完全とかあるんですか?
哲雄 たとえ死んでも、死体が残っている間は、霊魂が舞い戻ってくれば、人は生き返る――と、当時の日本人は考えていました。この段階の霊魂を「生霊(いきりょう)」と呼びました。しかし、死体の腐敗が進行して白骨になると、霊魂は完全に肉体から分離してしまいます。これを「死霊(しりょう)」と呼んだのですが、この「死霊」はまだ穢れたままの状態なので、人に付着すると、付着した人に災厄をもたらすと考えられていたんですね。
AKI じゃ、白骨になっても、そのまま野ざらしにしておいたんですか?
哲雄 土地土地の風習によって違うと思いますが、「死霊」となった霊は、子孫が祭って鎮めないと浄化されません。風葬(「もがり」とも言う)にして白骨になると、たいていは土中に埋めて祭っていたようですよ。
AKI 浄化された後は?
哲雄 「浄化」は、そう簡単にはできません。「死霊」の段階の霊魂を、神道の考え方では「荒御霊(あらみたま)」と言うんですが、この荒御霊は、まだ、個人の怨みや憎しみや悲しみを抱えたままの霊なので、きっちり祭って浄化しないと、危険なんですね。で、そうやって祭っているうちに、死霊は少しずつ怨みや憎しみを失い、やがて、清らかで和やかな「和御霊(なごみたま)」へと浄化されていきます。なんと、これには33~50年という長い年月がかかるわけです。
AKI エーッ、そんなにかかるんですか? それ、長すぎませんか?
哲雄 だよね。これ、何かに似てるなぁ……と思ったら、放射能が消滅していく期間と似てなくもない。昔の人が、放射能を知っていたとは思えないのですが、怨霊も放射能並みに手ごわかったというわけです。
AKI で、その後は……?
哲雄 完全に浄化されてしまった「和御霊」は、個人的な感情などの個性を完全に取り払われて、祖先の霊と一緒になります。これを「祖霊」と言います。日本の多くの村落共同体では、浄化された御霊は山の高みに上って「祖霊」になると考えられていました。この段階になると、もう「何の某の霊」ではなくなるわけですね。
AKI もしかして、「氏神さま」なんていうのも、この「祖霊」なんですか?
哲雄 「氏神」というのは、もう少し後になって、つまり、日本の各地に氏族単位の豪族が出現する頃になって、各村落単位の「祖霊」が集合したんですね。さらに、それらの豪族の盟主として天皇の政権が確立すると、それら氏神の頂点に位置する存在として、「皇祖神」が祭られるようになりました。図にすると、こんな感じですかね。(←画像解像度を落としたため、文字が読みにくくなりました。申し訳ありません)

AKI なるほど、なるほど。村々に「祖霊」がいて、その集合体としての「氏神」がいて、その上に「皇祖神」が君臨するわけですか? 日本の神様って、なんか、会社の組織みたい……。
哲雄 ま、そう言えなくもありませんね。ここに、旧来のアニミズム(自然崇拝)の名残のような神様も存在する。日本の神様の世界は、すごく複雑なんですよ。
AKI あ、それで、最初の話に戻りますけど、そういう野ざらしの時代が続いたあとで、「死んだら仏教」の時代がやって来るわけですね?
哲雄 いきなりはやってきません。その話をすると長くなるので、続きは次回、ということにしませんか?
AKI では、それまで、ご無事で。
哲雄 フン。気分がわるいので、帰ってエッチしよう。
AKI どうせ、エア・エッチのくせに……。

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