第21夜☆「売春婦」が職業になった理由
哲雄 これは、売春に限った話じゃないんだけどね。人間は、その労働の対価を貨幣という形で手にするようになって、精神的にはおかしくなってしまった。
AKI それまでは、貨幣じゃなかったの?
哲雄 元々は、物々交換でしょう。オレの釣ったマス1尾と、ワイン1本交換しないかとかさ。
AKI 最初は、売春もそうだったって言いましたよね。たまには肉も食べたいから、じゃ、私、あなたとエッチするわ……みたいな。
哲雄 「エッチするわ」と言ったかどうかはわからないけど、男の手をとってブッシュに消えた。狩猟・採集の世界のブッシュでは、実にいろんなことが行われたんだね。ブッシュは、いろんなことが暗黙のうちに行われる場所でもあったわけで、そういう場所を持っているということが、その社会と成員たちの安定剤として働いてたような気もするんだ。
AKI でも、人間はブッシュから出て、農業を始めちゃったわけね。
哲雄 そう。エデンの園を追放されちまったわけですよ。
AKI エッ!? エデンの園ってブッシュだったの?
哲雄 『農業は人類の原罪である』を書いたコリン・タッジという人類学者によると、エデンの園は、どうやらいまの紅海だか、ペルシャ湾だか、どっちか忘れちゃったけどさ、とにかくそんな海底のあたりにあって、そこは狩猟・採集の民が暮らす豊かな森だったらしいんだよね。
AKI エーッ、海の底だったの?
哲雄 氷河期には、その海の底が、人々が暮らす楽園だったっていうわけだよ。ところが、氷河期が終わって海面が上昇し始めると、人はその楽園から追われて、荒涼とした台地に移らざるを得なくなった。好きなときに採って食べる、という生活は、もうできなくなった。そして、人は、食物を栽培するという知恵を身につけた。
AKI それが農業?
哲雄 だね。重要なのは、人間が穀物の栽培を始めたってことなんだ。穀物は収穫の時期が決まってて、それを保存して1年間食いつながなくちゃならない。だから、それを保管しておくための施設が必要になる。
AKI 盗まれたら大変だぁ。
哲雄 でしょ? だから、それを管理したり、警備したりするシステムも必要になる。最初は小さな村落程度のシステムだったかもしれないけど、それが吸収されたり合併されたりして、大きな組織になっていくんだね。やがて都市が生まれ、国家へと発展していくんだけど、そのプロセスで、土地の生産活動とは直接かかわらず、貨幣を対価として得る「職業」というものが誕生する。その代表が、官吏と聖職者と医者と傭兵、それに……。
AKI わかった! あと、売春婦。
哲雄 ビンゴ!!
AKI そうか。それまで、売春はしてても、それを職業とする人はいなかったんだ。つまり、人と物が集まる都市というものが誕生して、お金で物を取引するようになって、初めて、「プロの売春婦」が成立したわけですね。
哲雄 考えてみて。森の民である女が、海の民である男から魚を少しでもたくさん手に入れるために、「おまけに私を抱いてもいいよ」と言うのと、「ねェ、私と寝ない? 1万円にまけとくからさ」って言うのでは、意識のありようがぜんぜん違うでしょ。
AKI 自分を売ってる、って感じがするよね、お金と交換だと……。
哲雄 人間としての誇りとかも含めて、自分をまるごと売り渡してる気がすると思うんだ。そして、周りからも、「あの女は金で男と寝るいやしい女」という目で見られてしまう。
AKI そういう差別って、あったのかな? 昔でも……。
哲雄 少なくとも、私が知っている限りでは、「売春をしてはいけない」ということは、どの文明の法律にも書かれてない。つまり、法的には、売春はOK。しかし、社会的には、どうもよくは思われてなかったらしい。聖書にも1箇所だけ、この女は「売春婦」じゃないかと思われる女が出てくるんだけど、そこでも「売春婦」という言葉は使われてなくて、「町で罪の女であったもの」としか書かれてない。
AKI ヘーッ。で、その人、何をしたの?
哲雄 イエスがシモンというパリサイ人の家に招かれていったとき、ひとりの女がイエスに近づいてくるんだ。女はイエスの足元にひざまずいて、涙でイエスの足を濡らすと、自分の髪でそれをぬぐい、そしてその足に持ってきた香油を塗るんだよね。シモンは心の中でつぶやく。「先生は、この女がどんな女か知っておられるのだろうか」ってね。その心の内を見抜いたイエスは、シモンに言うんだ。
AKI 差別しちゃいかん?
哲雄 ノー。そういう言い方はしない。私が家に入ってきたとき、おまえは、足を洗う水さえ出してくれなかったが、この女は自分の涙で私の足を洗ってくれた。この女は、多く愛したから、その多くの罪はゆるされているんだよ。イエスはそう言った。ではなぜ多く愛したかというと、「多くゆるしてもらったから」。つまり、その女は、自分の罪深さを他の人たちよりも知っていたから、多くゆるされた。多くゆるされたから、多く愛することができたんだ、とね。
AKI ネ、もしかしてそれ、「マグダラのマリア」とか言われてる人?
哲雄 ぜんぜん違う。「マグダラのマリア」っていうのは、自分に取り付いた7つの悪霊をイエスに追い出してもらう女で、聖書ではまったく違う場所に出てくる女。後世になって、物語の作者が、聖書に出てくるこういう話を、みんな混同してしまったんだ。「マグダラのマリアは売春婦で、危うく町の人たちに石打の刑になりそうなところを、イエスに救われる」てな話に仕立ててしまった。ひどいでしょ? まったく違う3つの話を、いっしょくたにしてしまってる。
AKI 文献の読み方が甘い!! ってことですね?
哲雄 ま、TVの『水戸黄門』レベルのお話だと思っておけばいいよ。で、話を元に戻すと、この「罪の女」が「売春婦」だとすると、当時の社会でも「売春婦」は「けがれた存在」と思われていたことになる。ところが、聖書の中にも、売春を「罪」とする記述は見当たらない。社会も、それを法律で取り締まろうとはしなかった。
AKI いつ頃まで?
哲雄 というか、いまだに取り締まってはいない国が多い。フランスでも、イギリスでも、売春そのものを「禁止」とはしていない。日本の場合も、「売春防止法」という法律はあるけれど、「売春禁止法」じゃない。
AKI ヘーッ、そうだったんだぁ。ということは、売春は「必要悪」として認めてるってことなのね?
哲雄 「悪」としたかどうかは、文化の問題なんだよね。歴史的に見ると、世界のいたるところで、売春の2極化が見られる。ひとつは、労働者や軍隊を相手にする下級の売春婦。もうひとつは、貴族や金持ちを相手にする高級娼婦。では、「売春を禁止しよう」と言い出したのは、だれだったのか?
AKI だれ、だれ?
哲雄 この続きは、またあした。
AKI でも、人間はブッシュから出て、農業を始めちゃったわけね。
哲雄 そう。エデンの園を追放されちまったわけですよ。
AKI エッ!? エデンの園ってブッシュだったの?
哲雄 『農業は人類の原罪である』を書いたコリン・タッジという人類学者によると、エデンの園は、どうやらいまの紅海だか、ペルシャ湾だか、どっちか忘れちゃったけどさ、とにかくそんな海底のあたりにあって、そこは狩猟・採集の民が暮らす豊かな森だったらしいんだよね。
AKI エーッ、海の底だったの?
哲雄 氷河期には、その海の底が、人々が暮らす楽園だったっていうわけだよ。ところが、氷河期が終わって海面が上昇し始めると、人はその楽園から追われて、荒涼とした台地に移らざるを得なくなった。好きなときに採って食べる、という生活は、もうできなくなった。そして、人は、食物を栽培するという知恵を身につけた。
AKI それが農業?
哲雄 だね。重要なのは、人間が穀物の栽培を始めたってことなんだ。穀物は収穫の時期が決まってて、それを保存して1年間食いつながなくちゃならない。だから、それを保管しておくための施設が必要になる。
AKI 盗まれたら大変だぁ。
哲雄 でしょ? だから、それを管理したり、警備したりするシステムも必要になる。最初は小さな村落程度のシステムだったかもしれないけど、それが吸収されたり合併されたりして、大きな組織になっていくんだね。やがて都市が生まれ、国家へと発展していくんだけど、そのプロセスで、土地の生産活動とは直接かかわらず、貨幣を対価として得る「職業」というものが誕生する。その代表が、官吏と聖職者と医者と傭兵、それに……。
AKI わかった! あと、売春婦。
哲雄 ビンゴ!!
AKI そうか。それまで、売春はしてても、それを職業とする人はいなかったんだ。つまり、人と物が集まる都市というものが誕生して、お金で物を取引するようになって、初めて、「プロの売春婦」が成立したわけですね。
哲雄 考えてみて。森の民である女が、海の民である男から魚を少しでもたくさん手に入れるために、「おまけに私を抱いてもいいよ」と言うのと、「ねェ、私と寝ない? 1万円にまけとくからさ」って言うのでは、意識のありようがぜんぜん違うでしょ。
AKI 自分を売ってる、って感じがするよね、お金と交換だと……。
哲雄 人間としての誇りとかも含めて、自分をまるごと売り渡してる気がすると思うんだ。そして、周りからも、「あの女は金で男と寝るいやしい女」という目で見られてしまう。
AKI そういう差別って、あったのかな? 昔でも……。
哲雄 少なくとも、私が知っている限りでは、「売春をしてはいけない」ということは、どの文明の法律にも書かれてない。つまり、法的には、売春はOK。しかし、社会的には、どうもよくは思われてなかったらしい。聖書にも1箇所だけ、この女は「売春婦」じゃないかと思われる女が出てくるんだけど、そこでも「売春婦」という言葉は使われてなくて、「町で罪の女であったもの」としか書かれてない。
AKI ヘーッ。で、その人、何をしたの?
哲雄 イエスがシモンというパリサイ人の家に招かれていったとき、ひとりの女がイエスに近づいてくるんだ。女はイエスの足元にひざまずいて、涙でイエスの足を濡らすと、自分の髪でそれをぬぐい、そしてその足に持ってきた香油を塗るんだよね。シモンは心の中でつぶやく。「先生は、この女がどんな女か知っておられるのだろうか」ってね。その心の内を見抜いたイエスは、シモンに言うんだ。
AKI 差別しちゃいかん?
哲雄 ノー。そういう言い方はしない。私が家に入ってきたとき、おまえは、足を洗う水さえ出してくれなかったが、この女は自分の涙で私の足を洗ってくれた。この女は、多く愛したから、その多くの罪はゆるされているんだよ。イエスはそう言った。ではなぜ多く愛したかというと、「多くゆるしてもらったから」。つまり、その女は、自分の罪深さを他の人たちよりも知っていたから、多くゆるされた。多くゆるされたから、多く愛することができたんだ、とね。
AKI ネ、もしかしてそれ、「マグダラのマリア」とか言われてる人?
哲雄 ぜんぜん違う。「マグダラのマリア」っていうのは、自分に取り付いた7つの悪霊をイエスに追い出してもらう女で、聖書ではまったく違う場所に出てくる女。後世になって、物語の作者が、聖書に出てくるこういう話を、みんな混同してしまったんだ。「マグダラのマリアは売春婦で、危うく町の人たちに石打の刑になりそうなところを、イエスに救われる」てな話に仕立ててしまった。ひどいでしょ? まったく違う3つの話を、いっしょくたにしてしまってる。
AKI 文献の読み方が甘い!! ってことですね?
哲雄 ま、TVの『水戸黄門』レベルのお話だと思っておけばいいよ。で、話を元に戻すと、この「罪の女」が「売春婦」だとすると、当時の社会でも「売春婦」は「けがれた存在」と思われていたことになる。ところが、聖書の中にも、売春を「罪」とする記述は見当たらない。社会も、それを法律で取り締まろうとはしなかった。
AKI いつ頃まで?
哲雄 というか、いまだに取り締まってはいない国が多い。フランスでも、イギリスでも、売春そのものを「禁止」とはしていない。日本の場合も、「売春防止法」という法律はあるけれど、「売春禁止法」じゃない。
AKI ヘーッ、そうだったんだぁ。ということは、売春は「必要悪」として認めてるってことなのね?
哲雄 「悪」としたかどうかは、文化の問題なんだよね。歴史的に見ると、世界のいたるところで、売春の2極化が見られる。ひとつは、労働者や軍隊を相手にする下級の売春婦。もうひとつは、貴族や金持ちを相手にする高級娼婦。では、「売春を禁止しよう」と言い出したのは、だれだったのか?
AKI だれ、だれ?
哲雄 この続きは、またあした。
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