荒野のバラと谷間のユリ〈5〉 無国籍な漂流

バカボンド。ふたりの出会いには、秘密があった。
「おまえも何か歌えよ」と言われてギターを渡された。
歌ったのは、『コンドルは飛んでいく』だった。
小野田は、その原曲をペルーで聞いたと言う。
ママと小野田には、不思議な過去が感じられた…。
連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第5章
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた――。
ママがギターをかき鳴らしながら歌う『時には母のない子のように』は、その夜の4人の胸に染み込んだ。
無国籍な曲だった。その無国籍性が、ママの風貌に合っている。そして、小野田宏にも合っているように見えた。しかし、それだけではないようにも見えた。
しばらく、沈黙がボクたちの酒席を支配した。
「おまえも、何かやれよ」
言い出したのは、小野田だった。
「私も聴きたい」と栞菜が言った。
部内で開かれた飲み会の二次会で、一曲歌って以来、ボクがギターの弾き語りをやることは、社内では周知の事柄になっていた。
しかし、何を歌えばいいのか……。
ママからギターを受け取って、コードをストロークしているうちに、自然に曲が舞い降りてきた。
I’d rather be a sparrow than a snail.
Yes I would.
If I only could,
I surely would.
【参考】サイモン&ガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」~You Tubeより
サイモンとガーファンクルが前年にヒットさせた『コンドルは飛んでいく』という曲だった。「カタツムリになるくらいなら、それを食らう雀になりたい」と歌う歌詞は、スペインに征服され、虐げられるインディオの嘆きの歌とも、抵抗の歌とも解釈することができた。
ボクが歌い始めると、ママがタンバリンを手にして、リズムを取ってくれた。
「いい曲だ……」
歌い終わると、小野田が感慨深げに唸った。
「オレは、その原曲を聴いたことがある」
「どこでですか?」
「ペルーだよ」
「ペルー? 行ったことあるんですか?」
「ありゃ、行ったなんてもんじゃないね。住んでたんだよね、しばらく。この人、アドベンチュラーだから」
ママが横から口を出すと、小野田はチッチッと指を振って見せた。
「どうせなら、バガボンド(放浪者)と言ってほしいね」
どうやら、ヒッピーのママとバガボンドの小野田は、漂流先のどこかで出会ったらしい――と想像できた。そして、それは、どうやら日本ではないらしい。
それを訊こうと思っていると、小野田が不意に言い出した。
「マツよ、あれ、歌えるか?」
「何ですか?」
「琵琶湖周航の歌」
ちょっと意外なリクエストだった。
無国籍な曲だった。その無国籍性が、ママの風貌に合っている。そして、小野田宏にも合っているように見えた。しかし、それだけではないようにも見えた。
しばらく、沈黙がボクたちの酒席を支配した。
「おまえも、何かやれよ」
言い出したのは、小野田だった。
「私も聴きたい」と栞菜が言った。
部内で開かれた飲み会の二次会で、一曲歌って以来、ボクがギターの弾き語りをやることは、社内では周知の事柄になっていた。
しかし、何を歌えばいいのか……。
ママからギターを受け取って、コードをストロークしているうちに、自然に曲が舞い降りてきた。
I’d rather be a sparrow than a snail.
Yes I would.
If I only could,
I surely would.
【参考】サイモン&ガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」~You Tubeより
サイモンとガーファンクルが前年にヒットさせた『コンドルは飛んでいく』という曲だった。「カタツムリになるくらいなら、それを食らう雀になりたい」と歌う歌詞は、スペインに征服され、虐げられるインディオの嘆きの歌とも、抵抗の歌とも解釈することができた。
ボクが歌い始めると、ママがタンバリンを手にして、リズムを取ってくれた。
「いい曲だ……」
歌い終わると、小野田が感慨深げに唸った。
「オレは、その原曲を聴いたことがある」
「どこでですか?」
「ペルーだよ」
「ペルー? 行ったことあるんですか?」
「ありゃ、行ったなんてもんじゃないね。住んでたんだよね、しばらく。この人、アドベンチュラーだから」
ママが横から口を出すと、小野田はチッチッと指を振って見せた。
「どうせなら、バガボンド(放浪者)と言ってほしいね」
どうやら、ヒッピーのママとバガボンドの小野田は、漂流先のどこかで出会ったらしい――と想像できた。そして、それは、どうやら日本ではないらしい。
それを訊こうと思っていると、小野田が不意に言い出した。
「マツよ、あれ、歌えるか?」
「何ですか?」
「琵琶湖周航の歌」
ちょっと意外なリクエストだった。