シランケンの不純愛講座

ターゲットは、通りの向こうを歩く女

　ヒロシくんがナンパに使うのは、クルマです。
　愛車は、黄色のワーゲン。カブトムシ型の、けっこう目立つやつです。
　たまたま、共通の知人に会いに行く用件があり、ヒロシくんのご自慢の愛車に同乗させてもらったことがあるのですが、都心の繁華街にさしかかったときのことです。
　「オッ！」と声を挙げたヒロシくんが、「哲ちゃん、ここでいいか？」と言い出したのです。
　「な、何だよ？」と尋ねる私に、ヒロシくん、なんと、「わるいけれど、ここで下りてくれる？」と言うではありませんか。
　驚く私に、ヒロシくんは、こともなげに言うのです。


　そういうことなら――と、私がクルマを下りると、ヒロシくんは、片道２車線のその道路の反対側の歩道を歩いてくる女の子に向かって、なんと、いきなり手を振るではありませんか。
　手を振られた女の子は、「エッ、ワタシ…？」と、きょとんとしています。
　するとわれらがヒロシくん、いきなりアクセルを踏み込んだと思うや、クルマをギューンとＵターンさせて、彼女が歩いている側の歩道の脇に停車させ、サッとドアを開けます。
　ふた言、三言、言葉を交わしている、ヒロシくんとそのアンノウンな女の子。
　ほんとに、そんなことで女の子が男のクルマに乗ってくるのかな――と、私は半信半疑で見ていたのですが、なんと、みなさん、乗ってきたんですよ、その女の子が。
　そして、彼女を乗せたヒロシくんのワーゲンは、何処へとも知れず走り去ったのでありました。

女は「周囲の目」を気にする生きものだから

　翌日、私はヒロシくんに尋問しました。
　おまえ、何て声かけたんだよ？――と。
　返ってきた言葉を聞いて、私は、口あんぐりでした。
　ヒロシくんがかけた言葉というのは、以下のとおり。


　最初は、「エエッ……!?」と戸惑いを見せた女の子でしたが、「１時間だけつき合ってよ。晩御飯、まだでしょ？」と言いながら、座席を引いてあげると、女の子はスッと、クルマの中に身を滑らせてきたのだそうです。
　もちろん、ちゃんと寿司はごちそうするんですよ。
　しかし、われらがヒロシくんがそれだけですむわけがありません。
　「脚がきれい」だの、「お寿司を食べる唇がかわいい」だの、ありったけのくすぐり言葉を投げかけて、最後は、「ちょっとだけ寄っていこうか」とホテルの駐車場にクルマをすべり込ませて……という顛末。
　ひとつだけ、ポイントがある――と、ヒロシくんは言うのです。

　 絶対に、同じ方向に歩いてる女には、声かけねぇんだ。

　「なんで？」と私が訊くと、「アホか、おまえ」と言われてしまいました。
　以下は、ヒロシくんの講釈です。


　「へェ」と感心する私に、ヒロシくんは、のうのうと、おっしゃったのでした。

　 哲ちゃんよ、女に声かけるときには、そこまで考えてやんなきゃダメだぜ。

　ハハーッ、恐れ入りました――てなもんです。
　それにしても、この男、キケン！
　女性のみなさん、黄色いワーゲンでＵターンして声かけてくる男がいたら、気をつけたほうがいいですよ。

　ポイント　
わざわざＵターンしてくれた――が重要

　この「Ｕターン・ナンパ術」には、２つのポイントがあるような気がします。
　ひとつは、このヒロシくんが言ったように、女性は周りの目を気にするので、周囲に「この女、ナンパされてる」とわかるような行動をとると、警戒心を高めてしまう――ということ。
　しかし、長住には、それだけではないように思えます。
　ポイントとして高いのは、相手がわざわざ自分のためにＵターンしてくれた――という事実ではないでしょうか。まして、それを「キミがあまりにかわいかったから」などと言われて、気分のわるかろうはずがありません。
　プライドをくすぐられた女は、つい心が揺らぐ。そのスキを逃さず、サッとドアを開けるタイミング。
　大いに勉強になりました。

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